第1章

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と助け舟を出してきた。しかし、この誘いにうっかり乗ってしまおうものなら与えられた時間よりも早く切り上げたという理由で、たちまちギャラの値切り交渉を始められてしまう。近似は過去に何度かこういっただまし討ちにあったことがあった。  ここで引くわけにはいかない。近似は肝を据えた。 「えー、気を取り直して、次に見ていただくのは昨年の紅白で大盛り上がりを見せた・・・・・。」  観客席の後方からステージに向けて、再びトイレットペーパーが投げ込まれた。  持ち時間を少しオーバーして、近似はネタを披露し尽くし、ステージを降りた。劇場内では、近似へのブーイングが相変わらず続いている。 「あの時もう準備終わってたから、ステージ降りてきて良かったんやで。なんで俺の言うことが聞けんかったんや?おかげでお客さんにえらい迷惑かけてしもたわ。」  店のマネージャー露木が、不快を露に近似をたしなめた。しかし近似は、彼の声が聞こえない振りをして、その場をやり過ごそうとした。そんな近似の態度に、更に不満を募らせた露木は、視線を無理に反らす近似に青白い顔を真正面に近づけてきた。彼が動くたびに、安いコロンを瓶ごとぶっかけたのかと思わせるくらい強烈な臭いが、近似の鼻腔を刺激する。耐えきれず、クシャミを連発してしまった。  露木は何かにつけて誰彼構う事なく不平不満をぶつけてくる。特に自分の重い通りにならないことがあると愚痴が長く、そして酷くなる。しかし、そんな大人子供の彼をあしらう術を、彼に関わる者全員が心得ているので大きなトラブルは不思議と起きない。近似でさえ慣れてしまっているのだ。  しばらくして劇場内のブーイングが水を打ったように一気に静まり返り、照明が落とされた。すると怪しげな音楽とともに、ピンクと紫のスポットが回転しながら、ステージに下ろされた真っ白な薄い大きな布を通して、女性のシルエットを浮かび上がらせた。 「うぉーっ。」という歓声とともに幕が上がった。今日のトップは、ストリッパーになってまだ半年のさゆりだ。踊り自体はまだ荒削りだが、あどけなさの中に、どこか謎めいた雰囲気を醸し出す彼女の魅力に、観客は大盛り上がりだ。近似は思わず吸い込まれるようにして、彼女の透き通るような大きな瞳を見つめた。 「おい近似、聞いてるんか?」
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