第1章

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「もういいでしょ。昔のことをほじくり返すのは、もう止めましょ。死人も浮かばれませんよ」ゆかりが南をたしなめた。 「まあ、君らがそう言うんやったら、俺は何も言うことないわ。お開きにしようぜ」  木村は渋々解散に応じた。ただ、これだけで終わるとはどうしても思えなかった。  別れ際、お互いの連絡先などを教え合い、何かあったら連絡を取り合おうということで、全員の意見が一致した。      エピソード(2) 「よろこべ。父さん結婚するぞ」  唐突だった。久しぶりに朋紀の前に姿を現せた父親は、以前と見違える程スマートになっていた。時折祖母に見せてもらっていたアルバムの中の学生時代の父親が、目の前に立っている。  一体父親に何があったのか、朋紀には理解できなかった。 「お前にはやっぱりお母さんが必要だろ。だから父さん、結婚することに決めたんだ」  キョトンと突っ立っている朋紀を前に、父親は少し照れくさそうに頭を掻いた。 朋紀は、幼稚園に通うようになった頃から、父親方の祖父の家に引き取られ、祖父母の世話を受けていた。そうなった原因は、母親がテレクラを通じて出会った若い男との逢い引きを繰り返すうちに、帰ってこなくなってしまったことだけに留まらない。  若い男と一緒に家を出てしまった妻に対する怒りを、父親が息子である朋紀にぶつけるようになってしまったのだ。毎日のように殴られ、食事らしい食事も与えられることなく、朋紀は毎日腹を空かせながら泣いて暮らしていた。  母親がいなくなって半年が経った頃、息子親子の様子を見に来た祖父母が、異様に痩せ細ってしまった孫の朋紀の姿を目にしたとき、生きているのが不思議なくらいだった。体中に痣や擦り傷、タバコを押し付けられた火傷痕などが無数にあった。朋紀は、子供らしい生気を失い、ただうつろな目で祖父母に何かを訴えかけようとしていた。  祖父母は即座に朋紀を病院に連れて行き、しばらく入院させることで何とか一命を取り留めた。  その日、酒に酔って深夜に帰宅した父親を祖父母が問いつめると、父親はただひたすら泣いて謝った。仕事の挫折に加え、妻からも見放されてしまった己の不甲斐なさに耐えられなくなり、つい朋紀に辛くあたってしまったのだ。本人は、その衝動をどうにも抑えることができなかったと言う。
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