第1章

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 それでも祖父母は、孫の朋紀に対する息子のあまりの虐待ぶりを見かね、その日のうちに引き取ってしまった。  それ以来、朋紀は父親と顔を会わすことも、電話で話すこともなかった。 「それにしても、大きくなったなあ。いくつになった?」  父親が、昔を懐かしむように目を細めた。  朋紀はすでに小学四年生になっていた。  過酷な幼児体験のおかげで、小学校に入学したての頃の彼は、同級生に比べると随分貧弱で小柄だった。しかも率先して友人を作ることもなく、学校の休憩時間も帰宅後も静かに本を読んでいる様なおとなしい子供だった。  祖父母は、そんな内気で弱々しい朋紀を心配し、水泳や空手を習わせた。それに十分応える形で、彼はひたすらそれらの習い事を貪欲に身につけていった。おかげで周りの誰よりも上達が早かった。このことは、同級生からのいじめ対策に、充分な効果があった。 「孝文かい?」  奥の部屋から祖母が顔をのぞかせ、父親の姿を見るや小走りで玄関までやってきた。 「随分変わったじゃないかい。見違えたよぅ」  祖母が、息子の立ち直りように感激して、朋紀の隣で涙を流した。 「すまなかったな、これまで色々心配かけてさ」 「いいんだよぉ、こうやってまともに戻ってくれたんだからさぁ。それで、どうしたんだい?」 「俺、再婚することにしたんだ。相手は年上なんだけどさ、色々俺のこと世話してくれてさ。おまけに子供の世話が好きな人なんだ。朋紀にも、いつまでも今みたいな生活じゃなくて、そろそろ両親の揃った家庭で暮らしてほしいと思うしさ」 「そうかい、そうかい。そりゃ、私も賛成だよ。この子を引き取った翌年に爺さんが亡くなってしまって、この子には随分寂しい思いをさせたからねえ。それに、子供は親と一緒に暮らすのが、一番いいに決まってるよぅ」  正直なところ、祖母は朋紀の世話に手を焼いていた。経済面についても当然だが、何より、子供らしい面を持たない朋紀に対する接し方が分からなかった。幼少時期の父親からの虐待の為に、朋紀が完全に心を閉ざしてしまっていると思ったようだ。  実際祖母と朋紀との間に殆ど会話もなく、習い事の送り迎えや、図書館へ本を借りに行くのについていく程度の、関係でしかなかった。 「さぁさ、とりあえずお上がんなさいよ」  祖母の勧めに父親は、さっさと靴を脱いだ。
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