第1章

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 朋紀は、父親との再会に恐れることも感激することもなく、自分の部屋に閉じこもって、読書の世界に浸かってしまった。この日読み始めた作品は、ヒョードル=ドストエフスキー作の「罪と罰」だ。己の正義を貫くが為に罪を犯し、その目撃者まで殺してしまった主人公の、罪悪感に耐えかねて発狂していく様が面白かった。  自分も罪を犯せば発狂するのだろうか。そもそも罪悪感というものがどういうものなのか。頭で考える分には理解できるが、自分には今ひとつ実感できない。人は揺るがない信念さえ持っていれば、例え罪を犯そうが、罪悪感などというものに心を乱されるはずがない。と、朋紀は考えていた。 「朋紀は、学校ではどうなの?」隣の部屋から祖母と父親の会話が聞こえてきた。 「いじめに遭うこともなく、おとなしく通ってるよ。しかもあんたに似て、本が好きでねえ。ついこの間も、何とかっていう哲学者の本を図書館で何冊か借りてたよぅ。なんだか難しい本ばかり読んでるねぇ、あの子は」 「へぇ。じゃあ成績はいいんだ?」 「さぁ。テストの結果なんて全然教えてくれないから、分からないよぅ。まぁ、悪くはないだろうけどねぇ」  しばらく沈黙の時間が流れた。 「それより、あの子を引き取って再婚するって言ってるけど、仕事はどうなんだい?」 「再婚相手がちょっとした事業家でさ。これから何か新しいビジネスを始めようかと思っているんだ」 「何かって・・・。そんな無計画で大丈夫かい?」 「大丈夫だって。その為に俺だって色々と世の中の情勢を見てるんだから」  少し苛立った様子で父親が返した。 「あんたがそう言うんなら納得するしかないんだろうけどねぇ」  明らかに祖母は父親の言うことを信用していないようだ。 「で、いつ連れて帰るんだい?」 「この1学期が終わって、夏休み中にでも引き取りたいんだ」 「そうかい」 「寂しいかい?」 「そうでもないよぅ。あの子にとってみれば、腐ってもあんたは父親だ。それに、あの子の扱いは難しいからねぇ。やっと一人になれるかと思うと、せいせいするよぅ」  祖母の言葉は、強がりでなく、本心から出たものに聞こえた。      回顧故起    南拓也  蒸し暑くなってきた。いよいよ日本国中を熱帯にさせるあの季節が近づいてきたようだ。日差しもキツくなってきた。年々この時期がやってくるのが早まっている。やはり温暖化が急速に進んでいるのだろうか。
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