第1章

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「ミーツタイム」は、その概念を真っ先に取り入れ、完全なる実力主義を目指した。だから過去の功績は考慮される事なく、毎月の成績のみを人事や給与の評価基準とされるようになった。その格好の見せしめとして、孝文が選ばれてしまった様なものだった。  その頃から孝文の生活態度が、がらりと変わり始めた。 仕事に対しての熱意は完全に消え失せ、外回りに出掛けては、パチンコ店などで適当に時間を潰したり、移動に使う社用車の中で何時間も寝ていたりしていたらしい。たびたび「ミーツタイム」のお客様サービスセンターに、一般の人から連絡が入っていたようだ。  仕事以外においてもそうだった。通勤に社用車を使うにも関わらず、どこに立ち寄っているのか分からないが、毎晩遅くに酒の臭いをさせて帰宅するようになった。  そのことを清美が咎めると、平手で頬を叩かれた。実の父親にも数える程しか手を上げられた事がなかっただけに、この出来事は清美にとって、あまりにもショックが大きかった。  ただこの時は、正気に戻った翌朝に、孝文が何度も清美に謝ってくれた。しかし、それもはじめの何度かだけで、次第に孝文の暴力は日常化するようになった。清美は離婚を真剣に考えるようになった。  しかし、清美にとっての不運は、ここで終わらなかった。皮肉な事に、彼女の胎内で新しい命が宿されてしまったのだ。  孝文との子が生まれる。清美は迷った。彼と決別して別の人生を歩む為にも、孝文に黙って堕胎するべきか。それとも、自分の子供が生まれると知れば、さすがの孝文も態度を改め、輝いていたあの頃に戻ってくれるのではないだろうか。  結局、清美は後者に賭けてみることにした。新しい小さな命を自分の保身の為だけに絶やしてしまうことが、あまりにも暴挙に思えたのだ。  この子の為にも、孝文には是非立ち直ってもらいたい。その期待一心で、妊娠がわかってからひと月が経った頃、ようやく素面の孝文に妊娠を告げた。 「そうか。良かったじゃないか」  それだけだった。喜びもしなければ、戸惑いもしなかった。まるで他人事だった。おまけに「先に寝るぞ」とだけ言い残して、さっさと寝室に向かってしまった。  清美は一晩泣き明かした。孝文に対する怒りと、自分の判断の甘さに対する憤りとがないまぜになって、彼女自身、気持ちの整理がつかなくなってしまっていた。
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