第1章

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 今後の孝文との生活を考えたが、生まれてくる子供のことを考え、結局清美は孝文と離婚することもできず、ずるずると結婚生活を続けてしまった。  そして、いよいよ出産予定日がやってきた。医者によると、母子ともに順調で予定通り出産できるということだった。そのことを孝文に電話で告げると「そうか」と、一言だけ返事をして「今忙しいから」と、一方的に受話器を置かれてしまった。  結局孝文の立ち会いもなく、清美の両親と孝文の両親を待合室で待たせる中、清美の出産が始まった。父親に望まれていない子供の出産は孤独だった。出産の痛みと孤独感から来る悲しみとが合わさり、清美はここぞとばかりに泣き叫んだ。  こうして生まれてきた男の子が、清美の隣ですやすやと眠る朋紀だ。決して望まれて生まれてきた訳ではない息子の寝顔を見て、清美は大きな溜め息をついた。  私の人生って、・・・なんなの?      時間不忘  梅雨。例年と違うことなく、この時期は鉛のように黒ずんだ重い金属色の気分にさせられる。初夏に向けてお目見えした爽やかに晴れ渡る青空や生気に満ちあふれた緑達とは一旦お別れし、代わりに低く漂うどんより雲と顔を突き合わせないといけないのだ。これはまるで、ようやく勉強をする気になった子供が、口うるさい母親から「勉強しなさい」と一喝され、気持ちが一気に塞がってしまう様な感覚と似ているだろうか。  それにしても近年の梅雨雲というやつは、梅雨入り宣言されるや否や、寸でのところで降雨を止め、梅雨明け宣言と同時に、たっぷりと溜め込んだ酸性雨で日本中をひたひたにしてくれる。ただでさえ不快なのに、予報が外れるとそれは更に強くなる。  雨水が勢いよく流れ落ちるガラス窓越しに、木村剛はキャンパスを眺めた。そこには歩いている者はなく、敷き詰められた芝が無残に水没している様しか見えない。土曜日ということに加え、この天気だ。学生の数が極端に少なくても当然のことだ。  ここは神戸市内の大学の学生食堂。木村にとっては母校にあたる。  10年ぶりに訪れたこの場所に、ほとんどが初顔合わせの6人の男女が、ひとつのテーブルを無言で囲んでいる。どの顔も梅雨雲より暗い。彼らの視線の先、つまりテーブルの上には完成間近のジグソーパズルが置かれてある。しかも裏返しで、だ。
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