第1章

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     ダマらせ屋 ゴン蔵                         宝生 時雨    はじめに  私には子供の頃からどうしても気になって仕方がないことがいくつかあるのだが、中でも特に気になるものが一つある。それは迷信に出てくる人物のことだ。  皆さんも昔、悪さをしたり言いつけを守らなかったりして親から叱られる時に、必ず得体の知れない何者かの存在を示唆されて、それに怯えて一時は素直になったという経験をお持ちだろう。  嘘をつけば「閻魔大王に舌を抜かれる」、ご飯を残すと「もったいないお化けが出てくる」など誰も見たことがないのに、その存在になぜか畏れおののいた幼少時代を過ごした覚えがあるに違いない。  私にとって、このような数々の得体の知れない「何者」達の中で特に気になる存在がいるのだ。それは誰もが耳にしたことのある、あの「ゴン蔵」だ。  私は子供の頃、とにかく両親や両祖父母達に何かにつけてあれやこれやとわがままを言ったり、おもちゃを事あるごとに強請ったり、気に食わないことがあると泣きわめいたり、とにかく何かにつけて騒がしかった。  そのような私に周りの大人達は、毎度の様に「そんなにダダをこねるならゴン蔵さん呼ぶよ」と叱りつけたものだ。私はその「ゴン蔵」なる者のことはよく知らなかったが、彼に対し何か不気味な畏れを抱き、瞬く間におとなしくなってしまった。  こういった子供の頃の思い出は、時に大人になってからも奇妙な感覚を思い起こさせるものだ。先日もこんなことがあった。ある地方での地域新聞発行記念パーティに招待され、出席したときのことだった。  私のファンだと言う町議会議員の中で、最高齢の男性から名刺をいただいときのことだった。彼はどう見ても地方議員と言うよりも痴呆議員と言った方がふさわしく思えたのだが、これ以上言ってしまうと方々から熱烈なファンレターなどをいただいてしまいそうなので詳細は省略させていただく。 「儂はのう、この村でのう、・・・。」 「おじいさん、5年前に合併されて町になったでしょ。」  彼の秘書(介護人?)が訂正する。 「ああ?なんじゃ?マッチがどうした?」 「いや、今は村じゃなくて、町に変わりましたでしょ。」  耳元で秘書が叫んだ。 「おお、そうじゃった。あれはいつのことじゃったかのう。」 「だから5年前と申し上げたじゃないですか。」
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