第1章

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 私はこの町の行く末を案じてしまった。  そんなことより、彼の名刺にはこう書かれてあった。「若林厳造」と。 「お爺ちゃん、名前ゴンゾウというのですか?」  私は、夥しい数の白い毛が飛び出している彼の耳もとに向けて、大声で尋ねた。 「おおそうじゃ、名無しのゴンゾウとは儂のことじゃ。」 「それはゴンベイでしょ。」  秘書が耳元で吠えた。  秘書に叱られたことで、いたずらっ子のような満足げな笑みを浮かべる老議員を見て、私はこの二人はわざとやっているのではないかと疑ってしまった。そして、実は私がこの二人にからかわれているのではないか、そんな不審さえ抱いてしまったのだ。  私は彼らとこれ以上会話をすることを諦め、つい黙り込んでしまった。 「こ、これかっ。」  その時、突然私の脳の中をある考えが電光石火のように駆け巡ったのだ。もしや、これは「ゴン蔵」が関係しているのではないか。思わず私を黙らせてしまった目の前にいる「厳造」。見事に私は彼の術中にはまってしまったではないか。「ゴン蔵」とは、相手を黙らせるスペシャリストなのではないのか。  急に私の眠っていた探究心が呼び起こされてしまった。 「ゴン蔵のルーツを知りたい。ゴン蔵とは一体何者なのだ?」  私の旅はここから幕を開けた。    故郷  私は旅の始めに、5年ぶりに故郷に帰ることを思い立った。そもそもこの旅を始めることになったきっかけは、「ゴン蔵」の存在を私に知らしめた両親や祖父母の存在にある。まずは彼らから「ゴン蔵」の存在をいつから知っていたのか、そして誰から聞かされたのか、そういったことを聞き出す必要があると判断したのだ。 「何や知らんけど、どういう風の吹き回しや。あんた変な病気でももろてきたんと違うか。」  実家に戻った私を見た母の開口一番の言葉がこれだ。もう少し歓迎してくれても良かろう。私は実家に帰ったことを少し後悔した。 「たまに帰ってくるくらいええやろ。」 「せやかて突然帰ってくるもんやさかい、何の用意もしとらんよ。」 「そんなんいつものことやないか。」  母の小言を5年ぶりに聞いている間に、よたよたと祖母が散歩から帰ってきた。祖母は私の顔を見るなり満面の笑みで声を掛けてきた。 「あら、お帰り。・・・・・・・・・・・・・・・・どなたさん?」 「・・・・・・・・?」
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