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私は祖母をなんとか説得しようと試みたのだが、母の怒りの矛先は私に向いていた。
「ほれ見てみい、あんたが帰ってきたおかげで私がおばあちゃんに叱られたやないの。」
「なんでやねん・・・。」
夕食時になり、父が仕事から帰ってきた。父は近くの小さな印刷会社で働いている。彼の定年は既に過ぎているが、取締役としてまだ勤務を続けているのだ。と言えば聞こえは良いのだが、実際は父の同期の営業の優秀な者が次々と定年後の残留を拒否したに過ぎず、人の良い私の父が最終的に請け負う形になってしまったのだ。
父の仕事内容は、金回りの苦しくなった会社の運転資金をかき集める為に、様々な金融機関へ頭を下げに回ることらしい。その為の肩書き付きの人間を会社側も置いておきたかったようだ。平たく言うと父は貧乏くじを引かされたのだ。
家族の誰もが父の会社残留に反対したが、家の中に居場所を見いだせない父は、あえてイバラの道を進むことを選んでしまったのだ。
「おお、帰っていたのか。元気そうじゃないか。どうだ、仕事は順調か?」
私の顔を見るなり父はにっこり笑いながら尋ねてきた。なぜか父は家族でただ一人標準語を話す。東京に居を構えたことなど生まれてから一度もないはずなのだが・・・。何か人には言えないコンプレックスでもあるのだろうか。
「まあね。小説を書くのは勝手だからね。それを出版してもらえるかどうかは別問題だよ。今はなんとかバイトと両立しているよ。」
私も父に負けじと、東京在住民らしく標準語で答えた。
「そうか。まあ好きなことをやりながら生きていくっていうのは良いことだと思うぞ。そう言えば爺さんはどうしたんだろ?」
「「シルバー競歩の会」で湯布院に行ってくるって言うてたで。」
母が答えた。
「新幹線でか?」
「いや、飛行機で行くって言うてた。しかも空港まではタクシー乗るって。その方がみんなで割るから交通費安なるんやて。」
「でもおじいちゃんなら、バスもモノレールも無料じゃないの?」
「堅物爺さんのことだから、何か別のこと考えているんだろ。例えば、運転手に荷物を空港の中まで運ばせるとか。」
「ありえるわ。それにこれだけ乗り物乗っといて、どこが「競歩の会」やって言うてたんや。そもそもおじいちゃん達が競歩してるとこなんか見たことないし。」
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