第1章

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 これらの進にまつわる噂話には更に根拠の無い尾ひれがついて回っていた。それは、「社内活性化プロジェクト」の成功で富田は昇格を実現させたが、進に対しては目立った報酬は無く、富田もそれに対してさほど気にかけていなかった。その頃から進と富田の不仲はことあるごとに表面化し、常務派だった富田に対抗し、進はかねてから常務派と対立していた専務派に取り入った。そこでこつこつと実績を積み重ね、一歩一歩昇進の階段を上っていった。  しかし、進は専務派の経営戦略に全て同意していたわけではなかったようだ。むしろ富田の所属する常務派の不祥事を探し出し、足を引っ張る為に専務派についたとさえ言われている。  こういったいきさつから不正政治献金疑惑をマスコミにリークしたのは進ではないかという噂が急浮上していた。  その証拠として、当時の専務派取締役の処分は常務派取締役に比べ比較的緩和されたということが上げられる。主立った処遇の違いのひとつに彼らの退職金の違いということがある。常務派役員の退職金は最高でも所定の半分であったのに対し、専務派役員はほぼ全額支給された。  しかし常務派失脚を企てた証拠としてあげられるこの処遇の違いは、進ら新取締役が意図的に決定せずとも常務派役員だけが献金問題に関わっていたのだから話の流れとしては当然のことではある。なので進がマスコミにリークしたと言う噂話がどこまで信憑性のあるものかは疑わしい。  富田は退職後、悲しみと怒りに我を忘れ、家族への暴力も絶えなかったと言う。そしてとうとう重度のアルコール中毒を患い、「太陽製薬工業」を去った翌年生涯の幕を閉じた。   「最近、仕事は順調かい。」  進は何の変哲もない話題を始めた。 「ええまあ、仕事といっても、相変わらず書類の整理やコピー、それにお茶汲みの毎日ですから。」  比奈子は寂しげに微笑んだ。 「書類整理だって、お茶汲みだって立派な仕事だ。あんまり卑下する必要もあるまい。」 「そう言っていただけるとありがたいのですが、せっかく縁あって入社できたわけですから、こんな私でももう少し違った方面でお役に立てないかと・・・。」
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