第1話 悲劇の前奏曲

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「お前さえいなければ、幸せなのに!!」 ちゃぶ台をひっくり返され、継父に灰皿を投げつけられる。 「あんたさえいなければ、彼は優しいの!本当あんたって人を不幸にする疫病神よ!」 父親の手から離れた日から、安寧な日々は終わった。継父の虐待を受け続け、実母からは庇われるどころか、存在を否定され続けた。 身の危険を幼いながらも感じていたマリアは、の祖母の秋美に継父や母親のいない間に、電話でことのすべてを話していた。そして彼女がいつ仏聖堂に来てもいいように、毎日、秋美は待ち続けた。 そして運命の日が訪れた。 継父と母親がマリアそっちのけで、海外旅行にでかけたのだ。家には誰もいない。ここから逃げる最後のチャンスだと思ったマリアは、すぐさま身支度して秋美のいる仏聖堂に裸足で逃げ込んだのだ。まだ春の訪れも来ていない。吹雪の中で駆け込んだため両足は、霜焼け状態になり、録に食事すら摂らせてもらえなかったため、体はガリガリに痩せ細っていた。そんな彼女を見て胸を痛めた秋美。 すぐさまお風呂に一緒に入ることにした。彼女の体中は、虐待で切り傷と痣だらけになって、髪の毛はパサパサで痛々しかった。どうしてもっと早くに助けてやれなかったのだろうかと、自分の不甲斐なさに涙する秋美に、そっと抱きしめるのだ。 「おばあちゃん、ありがとう」 おそらく、一緒にお風呂に入る機会もなく、手を差し延べられたこともないのだろう。お風呂から上がると、彼女の体を丁寧に拭き、髪を梳いてドライヤーで乾かす。そして、仏聖堂に出される夕食を半分ずつ分けて食べることにした。その時、本堂に参っていた女の子と小さな男の子がマリアに近づいたのだ。 その瞬間、男の子がわんわんと泣き出した。女の子はじっと見つめている。マリアは自分の姿が不気味だから彼は、怖くなって泣いたのだろうと、半ば諦め気味に見ていた。 「痛いよね?大丈夫?」 彼は傷だらけの体を見て、可哀相だと思って泣いたのだ。幼いながら感受性の豊かな子で、隣にいた女の子はそっと男の子の手を握りしめる。 「…うん。大丈夫。だから泣かないで」 ポケットの中に入ってあったハンカチを手渡すマリア。またしても泣き出す男の子。 見ず知らずの彼が、自分のために泣いてくれた。その時、自分はここにいてもいいんだと初めて、実感できた。そして胸があたたかくなるのを幼いながら感じた。
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