第1章

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学内はひとつの事件でもちきりになった。 秀才の名をほしいままにしていた武幸宏が、才媛の誉れ高かった野原幸子のハートを射貫いた。 ナイト宜しく彼女を守り、人目も憚らず堂々と彼女を連れ帰った。 コケティッシュな野原に気がある学生は、武や福留に限らず数多く存在していた。男子学生の反感が彼女に集中したのは好意の裏返しでもあった。 彼らを絶望させた一幕は尾鰭端鰭がたくさんついて、噂となって流れた。 果たして翌日、秀才武幸宏はどんな顔して登校するか? 皆が注目した。 案の定、はつらつと登校した武の顔色から、きっと宜しくやったのだろうと揶揄する者もいたのだが、その翌日になると、皆揃って彼にかける言葉を失った。 前日とは打って変わって険しい顔をした武は、皆も慎も知る男ではない。元々某かの緊張感を与える存在ではあったが、勉学に集中している時に彼から醸されるピリピリ感とは質が違う。 何があったと問うのも野暮だった。 彼女と上手くいってないのか?  武は過去に恋を知らなければ失ったこともない。恋全般に免疫がない男だった。 慎はほんの数日前に見た、恋人たちの風景からは感じ取れない絶望感を、武のやりきれなさを滲ませた態度から知った。 慎が感じた戸惑いは、あっという間に広く皆に知れ渡って行く。 はつらつとした武が日増しに壊れていった。 元々弁舌は爽やかな武は嫌味とは無縁の存在だった。その彼が当てこすりを言うようになった。実ににこやかに皮肉を言った。
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