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 ――居た堪れない……どころの話ではない。  パソコンを使いたいからLANケーブルを部屋に持って来い、とフロントに連絡を寄越したのは、四階の『四〇三号室』に宿泊している客だった。この『ホテルみはら』は紛う事無きボロホテルで。都会では当たり前のように飛び交っているWi-Fiなんて便利なものは備え付けられていない。その為、パソコンを使う際にはフロントにて貸し出して居るLANケーブルが必須なのだけれど……今はこの手元にあるケーブルの話は置いておこう。  父親が経営するこのホテルで、バイトとは名ばかりの無賃労働を強いられている三原真浩(みはらまひろ)は、四〇三号室の前でLANケーブルを手に立ちつくして居た。  相変わらずガラガラの館内。運が良いのか悪いのか。本日、四階に宿泊している客は、四〇三号室の一組だけ。しかしガラガラとは言え、ちゃんと他の階には客が居る。――と、ここで見栄を張っても仕方ないか。  目の前にある小汚い扉をノックすれば、真浩に課せられた任務は完了だ。……そう。完了するのだけれど。正直言って、今の状況。高校生である真浩には、教育上よろしくない、と我ながら思う。 「……っん。い、や。もっと……もっとっ、ちょうだいっ! ねぇ、んっあっ……」  ノックをしようと掌を裏返した時に聞こえて来た声は、『ナニカ』を求めて甲高い音で発せられている。よくよく漫画なんかで見る、実はマッサージをしていました、なんてオチを想像してみたが、どう考えても、こんなにも激しくマッサージを求める人なんて居るわけがない。  どうするべきか、……と。手元のLANケーブルへ視線を落として考えてみたものの、任務に対する責任よりも、居た堪れなさのほうが膨れ上がり、――真浩はゆっくりと回れ右をした。  今から事を始めよう、なんて時に部屋に来るように頼むなよ馬鹿……。もしかしたら、インターネットを使って厭らしい動画を見ながらイチャイチャしようとしていたのかもしれないけれど。――客の性癖なんて知ったこっちゃない。とんだ無駄足だ。
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