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今、ホテルには千歳が居る。強引に追い返した上に、千歳を想うだけで溢れだすモヤモヤとした感情も、未だ真浩の胸の中にあって――顔を合わせずらいな、と心底思った。
「な、なにしに行くん? 折角、学校も休んだのに……わざわざ、あんなとこ行かんでも」
「この本を返しに。源次郎さんに借りているものなので」
パタン、と本を閉じた浩登に微笑まれ、真浩は何も言い返す事が出来なかった。どうやら、もう本を読み終わったらしい。速読とはよく言うが、どうしてこんな短時間で、あんなにも分厚い本の内容を頭に入れる事ができるのか……。真浩のとっては未知の領域である。
後にちゃんと読んだのか、と改めて浩登に尋ねたところ、「深読みする内容ではなかったので」との答えが返ってきた。『興味深い』と言っていたくせに……、との疑問は腹の中にしまっておくことにする。
分厚いコートを着せられて、ぐるぐるとマフラーを巻きつけられた。最後に丁寧に耳あてまで装着してもらえば、出掛ける準備は完璧だ。「行きますよ」と、意気揚々に玄関を出る浩登とは裏腹、真浩は全く乗り気ではない。
とは言え、こうして腕を引かれれば嫌でも着いて行かなければいけない訳で――二人がホテルへ到着したのは、昼過ぎの事だった。
「ふーっ……寒かった」
「そうですね。早く従業員室で温まりましょう」
表の自動ドアをくぐってフロントの中へ入る。
そこに人影が見当たらない事に安堵しつつ、真浩は従業員室の扉を開いた。
「おはよーッス……って、あれ? 真浩。今日、仕事じゃないッスよね?」
従業員室の中には、パイプ椅子を整列させて、その上に器用に寝転がったまま雑誌を読む園田源次郎(そのだげんじろう)の姿があった。源次郎は、このホテルにバイトをしに来ている大学生の一人である。
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