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 語尾に「~ッス」とつける可笑しな喋り方は、地元の方言を隠す為だと胸を張って言っていたけれど、単語の節々に現れる特徴的な訛りを隠し切れていないので、その努力は無意味だと言えるだろう。 「客室の掃除も終わったし、する事無くて困ってたんッスよね~」  のそりと椅子から降りた源次郎は真浩の顔を見、それからその後ろに居る浩登へと視線が向いた――刹那。 「ひ、浩登さんっ! 俺に会いに来てくれたんッスか! マジッスか! 俺、めちゃくちゃ感激ッスー!」  浩登は何も言葉を発していないというのに、源次郎は何を勘違いしているのか嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら浩登へと近づいた。 「借りていた本を返しに来たのですが……。当人がいるなら、別の日に来れば良かったですね。真浩、帰りましょうか」 「え、ちょ……浩登っ!」  急に腕を掴まれ、方向転換をさせられる。慌ててブレーキを掛けるも、浩登の勢いには勝てない。ただ、扉へと手を掛けた浩登の動きが止まったのは、パタパタと駆け寄ってきた巨体に浩登の体がすっかりと抱きこまれてしまったからである。 「浩登さーん! 逃げないで下さいよー!」  小柄な浩登を捕まえるのは、源次郎の体格を持ってすれば容易い事だったに違いない。「止めて下さい!」と暴れる浩登をひょいと持ち上げたかと思えば、暖かいストーブの前へと連れて行く。 「源次郎さん、放して下さい!」 「だって、浩登さんが逃げるんッスもん! 俺に会えて嬉しかったんでしょ! 照れないで良いんッスよー!」 「もう逃げませんから!」  この二人はいつもこんな感じだ。どうやら源次郎は、このホテルにやってくるより前から浩登の事を知っていたらしい。どこかで会ったのか、と浩登に尋ねても横に首を振るだけ。当の源次郎は、浩登の話をすればいつもこの調子なので、会話が成立しないため真相は分からぬまま。――ただ、こうも慌てふためく浩登など滅多にお目に掛れるものではないので、真浩は源次郎には好きにやらせてやっている。
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