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「真浩。僕は、結婚だけが幸せではないと思います」  隣へと視線をやれば、浩登はゆっくりと目を閉じた。 「友達や家族、自分を大事にしてくれる人達が周りに居る事。それはとても幸せな事だと、僕は思います。僕は、真浩が隣に居てくれるだけで、こんなにも幸せを感じているんです。この気持ちが、結婚に勝るとは思えません」  浩登の瞼の裏には、一体どんな景色が広がっているのだろう。自分や両親、友達が、どんな風に映っているのだろう。結婚だけが幸せじゃない。色々な価値観がある事は、真浩なりに分かっているつもりだ。ただ、千歳の右手の薬指に嵌る指輪が『彼の幸せ』を象徴しているような気がして、どうしようもなく真浩の胸を痛めつける。見た事もない女性を、羨ましい、と……妬ましいとさえ、思ってしまうのだ。  真浩は、気持ちの整理が出来ないまま、コクリ、と小さく頷いた。そんな時。 「……父さん?」  駅の駐車場に勢い良く乗り上げた一台の黒い車。所謂、高級車ってやつなのだろうけれど……生憎、真浩は車に詳しくない。 「浩登! 真浩!」 「父さん。どしたん?」 「お前らこそ何しよん。寒いのに。はよ乗れ」  車の傍に駆け寄った二人を、父親が車の中へと促す。 「今から本社に行くんやけど、浩登は一緒に来るか?」 「そうですね。お願いします」 「じゃ、真浩は家まで送ったらええなー?」 「……いや、ええ」  とんとんと進んで行く話に、真浩はつい水を差してしまう。 「どしたん? 何か用事があるんか?」 「ないけど。家まで寄りよったら遠周りやろ? 本社そこやん」 「んな事、気にせんでぇ」 「ええよ。もうすぐバスも来るし。俺を送りよる暇あったら、ちゃんと浩登に仕事教えたって」  真浩は、浩登が乗り込んだ後ろの扉をバタン、と閉めてやる。父親は何やら難しそうな顔をしていたが、真浩が笑顔で手を振れば、「気を付けてな」とそのまま車を走らせて行った。家に帰って悶々と一人で塞ぎこむよりは、外の空気を吸って気分転換をした方が良い。そう思ったのだ。
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