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チラリと、未だベンチに座ったままの老夫婦を見遣って、真浩は歩き出す。バス停ではなく、海の方へ。こんなにも些細な事で湧きあがる嫌な感情を、さっさと整理してしまいたかったのだ。――もうすぐ終業式。故に、真浩がホテルに泊り込みで仕事をする日は近い。もう、千歳に会いたくないと言っている場合ではない事に気がついたから。
急に吹きつけた北風に、思わず身を縮める。それからフラリ、フラリと足を進め――ぼんやりと歩いていた真浩の腕を、誰かが掴んだ。
「真浩」
驚いて振り返った先。そこには今一番会いたくなかった人物が居て。真浩は大きく瞳を開いたまま、固まってしまう。よりによってこのタイミング。父親の車に乗って帰れば良かったと後悔したところで、後の祭りである。
「……千歳さん。なんですか? 用事?」
「いや。どこへ行くのかと思ってな」
「ビックリするけん、腕掴む前に声掛けてくれますか?」
「先に声を掛ければ、逃げられてしまうと思ってな」
ははっ、と。千歳は軽く笑った。逃げられる事まで予測しているのであれば、最初から話しかけないで欲しい。千歳は、真浩がどれだけ素っ気ない態度を向けようが、一向に手を放してくれる気配はなくて。「放して」と、腕を振り払う真浩に、謝罪の言葉を告げながら、小さく両手を上げた。
「どこへ行くんだ?」
「……別に」
「今日の真浩は冷たいなあ」
「別に。……冷たないし」
「そうか?」
「俺、もう行くけん」
「ああ。分かった」
身を翻した真浩は、出来るだけ足早に歩を進める。早く彼から離れたいと思う一心で。心を乱す存在が近くに居ては、気持ちの整理どころではないから。――そんな真浩の思いを知ってか知らずか。……否、知る由もないか。真浩の足音に重なって聞こえるそれが一つ。駅を通り越しても、港が見えても、燈台についても、その足音は真浩のすぐ後ろから聞こえて来ていた。
「なんで着いて来るんですかっ!」
「真浩と一緒に居たいからだ」
「俺は居たくありません!」
「それは残念だ」
ニコリ、と口角を上げる千歳の表情は、全く残念そうではない。
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