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 古びた燈台の元。もう前方に道は無かった。千歳から逃げるためだと言えど、さすがに真冬の海に飛び込むなんて選択肢は浮かばない。観念した真浩は、海風吹きすさぶ中、ゆっくりと地面に腰を降ろした。 「風邪をひくぞ?」 「千歳さんには関係ないやろ」 「そう言ってくれるな。真浩が風邪をひけば、心配はする」 「別に。心配してくれんでええよ」  つん、と拗ねたようにそっぽを向く真浩に、千歳は何も言わない。最初は、千歳と一緒に居る事に耐えられなくて、振り払いたかっただけだった。しかし、波音だけが響く時間が続けば、千歳を傷つけてしまっているのではないかとの不安や、申し訳なさが薄らと積もっていく。  冷たくし過ぎてしまっただろうか……。真浩は思わず謝罪の言葉を口走りそうになるが、謝罪をした所で、千歳が大人しくホテルに戻ってくれるとは思えなかった。どんなにキツイ言葉を投げても、相変わらず穏やかな笑みで言葉を返してくる千歳が悪い。自分は何も悪くは無いのだ。  暫く虚勢を張って海を眺めていたが、ふわりと肩に掛けられたジャンバーの温もりを感じた瞬間、「ありがとう」と「ごめんなさい」が躊躇い無く口から零れた。 「……なんで、千歳さんは俺に関わろうとするん?」 「そりゃあ、……いや。止めておこう」 「なにそれ。気になる」  途中で言葉を含んだ千歳を睨みつければ、千歳は困ったように頬を掻いた。 「実はな、次の小説の主人公だが……君をモデルにしようと思っている」 「前、祠で考えてたヤツは?」 「あれもあれで……追々、な」  珍しく言葉を選びながら喋る千歳を不思議に思いながらも、会社に機密事項があるように、きっと小説家にも言ってはいけない事項があるのだろう、と一人納得してみる。  急に吹いた強い海風に顔を顰めて、肩にかかったジャンバーを握れば、近くに千歳がしゃがみ込んだ。 「大丈夫か?」  ゆっくりと顔を覗きこまれた時、千歳が風避けになっている事に気付き、思わず顔を背けてしまう。どうしてこの人は、こんな優しい行動をさらりとやってのけるのだろうか。きっと真浩が、風避けにはなるなと言った所で、なっているつもりはない、とでも言うのだろう。
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