閑話 一

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 『運命とは、時に残酷である』  源次郎は自宅のソファに寝転がり、一冊の本を開いていた。浩登に貸して居たこの一冊は、源次郎が小説を好むきっかけになった本。源次郎の新しい世界を開く鍵となったこの本のタイトルを浩登が口にした瞬間、やはり浩登は自分の運命の人なのだ、と心底思った。  けれどまあ、運命とは時に残酷でもある。この本の冒頭の言葉は何も間違ってはいない。そもそも、源次郎と浩登の出会いだって、源次郎にとっては『運命』であり、『残酷』なものでしかなかったのだ。  あれは、源次郎が中学三年生の時。他県から生徒達が集まる塾の合宿にて、二人は邂逅を果たした。 「お、おれ……園田源次郎ッス!」  中学一年生だった浩登は、まだまだ顔立ちが幼く、身長は相変わらず小さいけれど、今よりも更に小さかった。黒目がちな大きな瞳、愛らしい唇。源次郎は、あの時の浩登の表情を昨日の事のように思い出す事が出来る。  今だからこそ分かる事だが、浩登は他人の心境を読む事に長けている人間だ。感情を隠す事が苦手な源次郎のあの時の心は、浩登にとって丸裸同然だったに違いない。出会った瞬間にトキめいた気持ちを包み隠す事無く、源次郎は浩登の目の前に立ったのだから。 「僕の事、好きですか?」  突然の言葉に狼狽する源次郎を他所に、浩登は続けた。 「キスしても良いですよ」  あの時、物影に浩登を連れて行かなければ。あの時、にっこりと微笑んだ浩登の肩を掴まなければ。あの時、目を閉じた浩登に温もりを与えなければ……。  こんなにも心を痛ませる日々は来なかったかもしれないと言うのに。  それからも、源次郎と浩登の逢瀬は続く。毎年行われる塾の合宿で、源次郎は毎回キスを強請られたし、それ以上の事も許された。もちろん、浩登の処女を奪う事まではしていない。愛し合っている恋人同士ならまだしも、二人の関係は簡単に名前がつけられるものではなかったから……。浩登は、源次郎を利用していた。そして、源次郎もその現実を良しとしていた。今も昔も。これが二人の関係なのである。
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