聖域

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 昨年、叔母が病気で亡くなった。優しい叔母だった。子どものいない伯父夫婦は本家に来るたび幼い速水をかわいがってくれた。仲のいい伯父夫婦はいつも明るく笑っていた。幼い速水にはそんな印象しかなかった。  叔母の葬儀の日、やつれた伯父は長年連れ添った最愛の人との別れを苦しんでいるように見えた。2人の思い出は2人だけのもの。あえて知ろうと思わない。意識したくない。面倒くさい。  大人になった速水は、震える伯父の背中に声をかけることができなかった。つかず離れずの中。社会人になってからは関係は薄い。葬儀の参列者。気丈な伯父の姿。人脈、人間関係、人間性。速水にはないものばかり。成長しない姿を軽蔑されたくない。伯父の期待から外れた姿。身の丈に合わない軽はずみな言葉は言いたくない。  肌寒い2月、ほころび始めた梅の花が寺の敷地の片隅で香っている。あれから1年、今日は叔母の法要だ。寺にはめったに来ることはない。先祖の墓参りは年に1度するかしないかだ。信仰心は薄い。お経は眠気を誘うだけ。瞑想する心の余裕は持ち合わせていない。叔母を思い出し感傷に浸ることなく墓参りに行くこともなかった。  きっと悪印象を与えている。優しさのかけらもない無愛想なヤツと思われている。声をかけられないように存在を薄める。隙を見て逃げ出したい。
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