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溜まっていた仕事をどうにか片付け、へとへとになって帰宅すると、玄関の鍵が開いていた。そっとドアを開けると、ドアの隙間から幾つものスパイスを混ぜ合わせたような、スパイシーで食欲をそそる香りが漏れてくる。
やった、今日はカレーだ! なんて無邪気に喜んでいる自分に一瞬愕然としたけど、キッチンの方から聞こえてきた機嫌良さげな鼻歌に、自然と笑みが零れた。
「あ、夏希さんやっと帰って来た! おかえりなさーい」
「ただいま要くん」
私が帰ると、要くんはいつも、一人留守を守っていたワンコのごとく玄関まで駆け寄って来る。
「今日も遅かったね。仕事大変だったんでしょ? すぐごはんにするから、メイク落としておいでよ。はい、これ新しいスエット。洗濯しておいた」
要くんは、私が手に持っていた鞄もコートも全部引き受けると、洗濯してふわふわに乾かしたピンクのスエットを手渡してくれた。
あれから本当に、要くんは私の部屋を訪れるようになった。
「薄々気づいてたけど、……夏希さんって家事能力ないよね」
「失礼な! これでもやればできるのよ。ただ時間がないだけで……」
「はいはい、そういうことにしといてあげる。……でも、まあいいじゃん。これからもずっと僕が夏希さんのお世話してあげるよ」
そんな甘言を信じているわけじゃないし、いつまでも要くんに甘えてちゃダメだってこともわかってる。でも私には、どうしても要くんのことを手放せない理由があった。
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