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「どこに行っても、あなたのことばかり考えてた」
「えっ?」
和史への想いに区切りをつけるために、この街に来たはずだったのに、知らぬ間に私の中は要くんとの記憶で満たされていた。
「夏希さん、それって……」
「ねえ……なんでこんなとこまで来たの?」
先に私の真意を確かめようとする要くんの口を塞ぐように、新たな質問を重ねた。
こんなときにも素直になりきれない私は、やっぱりずるい大人だ。
「……なんでって」
口ごもる要くんのセーターの袖口を引っ張り、その先を促す。ありったけの想いを込めて見つめると、要くんは私の身体に両腕を絡め首筋に顔を埋めた。
「大変だった。日本を飛び出したはいいけど、僕フランス語なんてさっぱりだし英語だっていざとなったらさっぱりだし。空港降りてからどっち向かえばいいのかもわかんないし、タクシー乗って絵葉書の住所に連れてってくれって身振り手振りで……。もうやだ海外怖い。夏希さんが見つかって良かった」
フランスへ来てからの苦労話をしながら、要くんは甘えるように鼻先を私の肩にこすりつける。
「ちょっと。だったらなんで来たりしたのよ」
「そんなの夏希さんに会いたかったからに決まってるでしょ」
「……何よ。先に姿見せなくなったの、そっちじゃないの」
つい恨みがましい言葉を吐くと、要くんは大人に叱られた子どものようにしゅんと項垂れた。
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