恋文

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 戦慄した。  思えばそうであった。私とした事がつい、人の酒を勝手に飲んでしまっていた。  そして経過だけを見れば不法浸入の窃盗と云えなくもない。  今現在事件は発生している。  容疑者は私である。  こんな時は何を云えばいいのだろう?こんな時は何をすればいいのだろう?分からない。相対性理論について追求するのでは無くこんな時の為に言い訳を用意しておくべきであったか。ぬかったわ。  「…鍵開いてたの…?」  「あ、ああ!私が責任を持って締めておいたよ!」  「…ふぅん…ありがと…」  そう言って瀬戸雨は再び目を閉じる。どうやらまだ完全に目覚めて無い様だった。  私は自分の心臓音が落ち着くのを待ってから半覚醒中の彼女に声を掛ける。  「瀬戸雨。喉が渇かないか?水をやろう」  「…うん…欲しい…」  私は先程のミネラルウォーターをボトル事彼女に渡したのだが、何となく気まずさが拭えず何となく話し掛けた。  「しかしあれだな、お前がこんなに酒を飲むなんて…何か嫌な事でもあったのか?いや、無いならないでいいんだが」  「…あった…」  それまで気怠くしていた彼女は唐突に飛び上がり私に掴みかかって言った。  「あったんだよ~!嫌な事がっ。聞いてくれる?わたしの受講料を袖にした人が三人も居たのっ!もう信じられない!わたしが人間不信になったらどうする気なの?もう、やってられない…」  「成る程。それは大変だったな。お前の収入が減ってしまった哀しみ。それを素直に理解する事が出来るよ、私には」  「収入…?そんな事はどうでもいいの。大した金額じゃないもの。只ね、信頼関係としてそういう事をされると嫌なの。人間としてそういうのが許せないの」  ふむ。と思う。彼女は大学生でありながら個人でペン習字の通信講座のような事を生業としており、私よりは多少収入額が多いとは思っていたが、いったいどれほどのものなのだろうか?  「ちなみに、その金額というのは如何程だ?」  「うーん…15000円くらいかなっ。それより飲み直そうよ。お水飲んでたら元気になってきたー」  この小娘がっ。と思う。16000円の支払いが事件に成り得る私に対して、それを取るに足りぬ金額と…。  いや、虚言に違い無いが。  虚言だと思いたいが。  兎に角、私はご相伴に与る事とした。
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