恋文

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 「ところでどうしてハムレットは此処に居るの?」  完全に覚醒した彼女は「お腹が空いたのであった」と台詞を言って肉野菜炒め(これは美味なる物である)作り、私とテーブルに差し向かいになりそう言った。  「うむ。お前が眠っていたから話が切り出せなかったが、実はこれを清書して欲しいのだ」  私は懐に忍ばせていた。原稿用紙30枚を彼女に渡した。  「なにこれ、小説?」  そう言って彼女は肉野菜炒めを頬張りながら乱暴に中身を取り出す。  「乱暴に扱うなっ!それは恋文だぞ!」  私の注意を物ともせず、彼女は乱暴に読み進める。  ペン習字の講師を務める程にもなれば、速読になるのだろうか?瀬戸雨はぺらぺらと原稿用紙をめくっていく。その間に水割りを飲むのも忘れない。  「やっぱりハムレットの字は呪われてるよ。文章は良いんだけどねぇ」  「やはりそうなのか…。いや、そんな事は分かり切った事だ。これをお前の祝福された字で清書して欲しいのだ」  「えぇ…面倒臭い…」  「いいか、瀬戸雨。面倒臭いというのはそれを行う事により、自らに何も利益が無い場合に出る言葉だ。注意しろ」  「…いや、でも、わたしがこれを清書して利益が発生するかな?」  そうであった。これは私自身の物であるのだから瀬戸雨の意見は、面倒臭いという言葉は、真に理にかなっている。  「ふっ。最早何も言うまい…」  「ぷっ。何それ、格好付けてるの?…それにしても恋文って誰に出すの?」  「それは決まっていない」  「はぁ?」  「ハムレットというあだ名に恥じぬよう恋文を書く事に至った。とでも言っておこうか?」  瀬戸雨は。  瀬戸雨という女は私を真顔で見たまま、無言で原稿用紙を破り、(私の「な、何をするかっ!」という言葉を聞かず)それらを宙にばら撒き、芝居掛かった声で「見て、綺麗…」などと言う。  きゃはは。と笑う。  「瀬戸雨…。お、お前という奴は…」  「改名。出来たんだ」  「…そうか…」  「瀬戸雨芽雨。今日からは芽雨って呼んでね」  「芽雨、か。良い名だ。しかし苗字と被ってるな」  「いいの。この苗字には結構愛着あるしさ」  「そうか。私も好きだよ」  瀬戸雨芽雨。改名前の名は瀬戸雨卵子。
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