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まるで一瞬で、景色が変わったような気がした。
これは、天野さんにお近づきになれるチャンスなのでは?
そう心では思っていても、相手は才女と呼ばれる天野さんだ。
なかなかに話しかけ辛かったりする。
だけどそんな気持ちを知らない彼女は、何でも僕に話しかけてくるのだ。
好きな食べ物は何とか、授業は理解してるとか。
本当にとりとめもない会話だけど、それでも嬉しかった。
まさかこんなに積極なんて、知らなかったよ。
「あっ……」
授業中、カシャンという音が耳に飛び込む。
驚いて横を見ると、天野さんが少し戸惑いながら下を見ている。
丁度僕と天野さんの間に、ペンが落ちていた。
「すまない、岸田くん。ペンを取ってもらえないだろうか?」
ひそひそ声でそう頼んできた。
これは、断わる理由もない。
僕は腕を伸ばし、ペンを拾い上げて天野さんに渡そうとした。
だが、僕が驚いたのはここからだ。
天野さんは、一向にペンを受け取らない。
それどころか、顔を赤らめて周りを見回している。
「ど、どうしたの?」
声をかけた瞬間、彼女はビクリと肩を震わせた。
いつも平然としている天野さんが、どうしてここまで怯えている。
「机の上に置いてもらえると助かる」
今度はひそひそ声ではなく、消え入りそうなか細い声でそう言った。
疑問に思いながらも、僕は彼女の机にペンを置く。
そのペンを掴み、ノートに何かを書きはじめる。
書かれた言葉は、たった一言。
『放課後、屋上に来てくれ』
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