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ジョイ・ディヴィジョンのポスターが貼られたドアを押すと、金属製のチャイムがチャラチャラと鳴った。カウンターだけのこぢんまりとした店内は仄暗く、饐えたビアーサーバーと消毒用の塩素の匂いで充満していた。
別にこの店を目指して来たわけではない。こんな真っ昼間に開いている店が他になかっただけだ。
誰もいないのかと思ったと同時に、バーテンダーらしき男の子がバーの奥からひょっこりと顔を出した。
「いらっしゃいませ」
「こんな格好なんですけど、入っちゃっても大丈夫ですか?」
私は自分の中で『感じのいい微笑み』とカテゴライズされた表情を作ると、扉の隙間から上半身を覗かせた。母親から借りたパールのネックレスが心地よく胸の上を滑った。
役割分担をしたわけではないけれど、そうお店の人に尋ねるのは大抵私の仕事だった。
バーテンダーは私の格好を見ると一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐに、どうぞいらっしゃいませと言って、粒のような歯を見せて微笑んだ。
背が高くて、細身で、肉を削ぎ落したような鼻の形がきれいな、いわゆるイケメンだった。明るい茶色に染めた髪の毛は将来薄くなりそうだけれど、とりあえず今のところはいい感じだった。
「大丈夫だって」
私は通路の方に顔を向けるとユウちゃんに声を掛けた。
後ろ手を組んで立ったユウちゃんは扉のポスターをじっと見つめたまま、鼻にかかった声で「波」と呟いた。
「入るよ」
そうユウちゃんを促すと、私はクールな態度でカウンターに向かった。が、イケメンの視線を意識し過ぎたせいか、ハイヒールの足が縺れて、あやうく転びそうになってしまった。ダサいヤツだと思われたかなと、さり気なくイケメンの反応を窺うと、その視線はまっすぐユウちゃんに注がれていた。イケメンの顔には、驚いたようにも、傷ついたようにも見える、生真面目な表情が浮かんでいた。
ユウちゃんを見る時、男の子はみんな同じ顔をする。
「大丈夫?」
そう聞いたユウちゃんを無視すると、私は何事も無かったように黒いガムテープで補強された皮張りのスツールに腰を掛け、それからジャケットを脱いで隣りの席に置いた。
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