「瞳」

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「瞳」

今、僕は恋に落ちた。彼は実感した。 別に艶っぽくも可愛い気に満ちた言葉ではなく普通の会話として彼女が発しただけだとはわかっている。それでもいわゆる心のツボを押されたのだ。もしかしたら彼女はものすごく洞察力があって、そう言われたら自分は弱いって見抜いていたんじゃないか?さりげなく呟いたのもその方が効果的だと知りながらわざとじゃなかったのか? 疑い出したら基本的には人間不信な性格が止まらなくなりまた自分を嫌いになる 、素直に感覚を信じて素晴らしい人だと思ったままに、この忘れていたぬくもりに浸ってみてもいいだろ。傷つくのに怯えていたらまた、ずっとひとりでいいだなんて内側に籠ってしまうだけだ。それにしてもあのタイミングであの言葉を...。今夜が初対面だった。彼女は友人の恋人の友達で別にセッティングした訳でもなく成り行きで四人で軽く食事する事になって友人に仕事で急ぎの用件の電話が入り会社に戻らなくてはならなくなって恋人も一緒に先に帰ったのだった。まだ食事も途中だったし二人に気遣いさせないように残った僕達だった。 軽く自己紹介みたいな挨拶は終わっていたので会話するには別に困ることもなくお互いの興味があるものについてなんかを適当に口にしていた。 彼女も僕も仕事が接客業なので会話がスムーズなのは当たり前だと最初のうちは感じていたのだが、なんだかそれだけではないなって思い始めて過去の恋愛なんかに話しが及んだ時にわかった、無理して合わせているのではなく感性や経験に共通する点がたくさんあったのだった。 それでも自分が女性不信に陥った話しだけは理解不能だろう、一応理解しましたってことにしておこうって態度ならばすぐに見抜ける自信があった。 そんなことを考えてしまうと意地悪く試してみたいという嫌な癖が出てしまった。ドロドロとした前の恋愛の経緯を淡々と話し、それでいかに自分と相手が傷つけ合い、それで自分がどれだけ性格が曲がってしまったかを愚痴るような口調で続けたのだ。 「わかってるよ。」 その時に彼女が言ったのだった。何がわかっているのだ? 「わかってるって僕がそういう過去がありそうな男ってわかってたってこと?」 「そうだよ。」 その瞳を見る限り自分を大人に演出しようなんて意図なんかじゃないってすぐにわかった。 「きみはわかる人なんだね。」 その瞬間にすでに恋は始まっていた。
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