「寥」

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「寥」

やっと日中も秋めいて紅葉真っ盛りの時期に市内の喧騒から逃れた京都の外れの古寺でのことである。 夕暮れ間もない頃、一人の十代も間もなく終わりに近づいた女性が大きくなりつつあるお腹を抱えてようやくここへとたどり着いた。 悲しい意味で市民権を得たシングルマザーに出産前になってしまい頼る人間もいないのだ。 スマートフォンも料金滞納で止められ名前ばかりの友達とも連絡も取れない。 田舎から家出して来た、彼女もまたシングルマザーの母親には一度も電話もしていない。家出の理由が母親が連れ込んだ男に犯されそうになったからだ。 本格的に暗くなると冷え込みはきつくなり風を避ける為に門柱の陰に蹲った。持ち合わせた僅かな衣類の中で一番厚手なのが初秋向けのカーディガンなので丸めてお腹には当てるのが精一杯だった。 寒さで意識が薄れかけた時、一人の畑帰りらしき初老の男が通り掛かった。 「大丈夫かい?大丈夫じゃないね。」 肩を貸して持ち上げるように彼女を近くにある自分の家へと連れて行った。 布団に寝かせて暖房を着けて 「何も聞かないよ。とりあえず安心して休むといいよ。」 少し眠っている間に野菜たくさんの味噌汁がメインの胃腸に優しい夕食を用意してくれた。 「ゆっくり食べたら元気になるから。」 彼女は涙を流しながら味わって久しぶりのまともな食事を大切なお腹へと流し込んだ。 「辛い思いをしたんだね。でも悪いことばかりじゃないからね。お腹が落ち着いたら風呂に入ってもっと体を温めな。」 頷いて沸かしてくれた丁度いい温度のお湯に浸かってようやく気分ごと解放された。考えると妊娠がわかって喜んで付き合っていた彼氏に告げると 「他の男の子供なんだろ?」 と突き放され絶望してからは気持ちはずっと張り詰めたままで以前にも増して誰も信じられなくなっていた。 そんな時にこんなに親切にしてもらい、人間ってやっぱりいいかもなどと笑みさえ顔に浮かばせながらお湯の中でお腹を摩っていたその時だった。 風呂場の開き戸が開いて湯煙に霞む人影が入って来た。近付いて男だとわかったが 何も着ていない。 「せっかくだからせめて体でお礼でもしてもらわないとな。断るならそのまんまで表に追い出すからな。」
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