第1章

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たまねぎ 「へぇ・・」 思わず言葉が口に出た。 今のアパートに引っ越してきて一ヶ月。 仕事に追われ,新居と駅との間の往復だけの生活を続けてきたが,ようやく休日が取れた。 気まぐれで,犬のごとくテリトリーを点検してみようと思い立ち,久しぶりにスニーカーを履き,ゆっくりと階段を降り,通い慣れた駅の方向に,ふらりと足を進めた。 普段通っている道なのに,急ぎ足で前ばかり見て通り過ぎていたせいか,歩き始めてみると,全く知らない世界に思えてくる。 新しい世界へのワクワク感をゆっくり味わっていた時,ブロック塀沿いに柊が頭を出し,両端にだけ金木犀が一本ずつ植えられた庭のある,平屋建ての一軒家に差し掛かったところで足が止まった。 それは,金木犀が放つ独特な甘い匂いのせいでは無く,木々の隙間から見えた光景に魅入られてしまったからである。 そこには,荒縄で頭を括られ,軒下に無造作にぶら下げられた,こぶし大の玉葱があった。 3個括っているものが二つ,4個括ってあるものが一つ,合計10個の玉葱が,薄く淡い赤銅色の表面を,秋の澄んだ陽に照らされ,眩しく美しく輝いていた。 田舎に行くと,保存のためよく見かけられる光景であろうが,ごみごみした住宅街で生きている私にとっては,非常に珍しく感じられた。 それが私の頭から離れず,その日以降,少し早く起き,通勤の際にそれを眺めるのが習慣になっていった。 二日後,4個括りの玉葱のうち1個が消え,3個括りが三つになり,玉葱は9個になった。 三日後には,一括りが消え,干した柿の実が新しく括られて吊されていた。 ・・・・今にして思えば,これが全ての始まりだった。
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