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翌日ザハリドを発ち、風光明媚な景勝地などに立ち寄りながらゆっくりと王都へ帰ることになった。
シュウ殿はほとんど休めていないはずだが、俺とは基礎体力が違う。
ただただ喘がされていただけなのに、俺はけだるく景勝地で馬車を降りて歩くのさえ億劫だった。
けれど、自然の美しさは馬車の中からでも楽しめる。
シュウ殿とこうやって素晴らしい風景を楽しむということ自体が幸せなのだ。
俺はすっかり新婚旅行のような気分になってしまっていた。
馬車の中でもシュウ殿によりかかり、手をつなぐ。
シュウ殿を甘やかすと言っていたのに、いつもの何倍も甘えきっている。
……いや、いいんだ。
今は俺が甘えることがシュウ殿を甘やかすことになる。
なぜならば、シュウ殿が俺に甘えられることを求めているからだ。
……ということにしておく。
シュウ殿も楽しそうにしてくれているしな。
道中、様々な話をした。
会えない間、色々話したいことがあったような気がしていたけど、口にしてみれば他愛のない話ばかりだ。
「この先に兄上の親しい友人の別荘があって、一緒に連れて来てもらったことがある」
凍った谷を抜けた時に、ふと思い出したようにシュウ殿が言った。
『連れて来てもらった』ということは、間違いなくアジュラン陛下にだろう。
ライザラン様になら『連れて行かれた』と言うはずだ。
「懐かしい。子供達が騒いで館の壁を激しく汚してしまい兄上に叱られたのだ」
子供達というのはきっとアジュラン陛下の王子のことだろう。
「シュウ殿はアジュラン陛下にとても可愛がられていたそうですね」
陛下の語った幼いシュウ殿のことを思い出し顔が緩む。
「可愛がって……いてくださったとは思うが、陛下は私にはとても厳しかった」
「え…?俺は陛下に、まだ幼いシュウ殿をよく膝に抱いて可愛がっていたと聞いたけど」
「陛下がそんな事をイチハに?」
シュウ殿の眉がぴくりと跳ねた。
「私は幼い頃から非常に不出来で、ライザラン兄上にからかわれて逃げ出したり、甥にあたる王子達が何か騒ぎを起こすたびに陛下…いや、アジュラン兄上に拘束されて、膝の上で反省をさせられていた」
「……え…聞いた話と少し違うけど」
「それは私の名誉のためだろう。幼い頃の話だとはいえ、伴侶であるイチハにそんな情けない話を聞かせるわけにはいかないという、兄上なりの気遣いだ」
「……そう、なのかな」
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