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この山道を、あの鹿を丸まま担いで歩くのか!? 当たり前のように鹿を担いで悠々と立ち去る姿を呆然と見送る。 護衛さん…いや、護衛さま…カッコよすぎです。 次の日もまた同じ朝。 護衛の…いや護衛さまの稽古をウットリと眺め、馬の世話を眺める。 昨日の森での様子が思い出され、俺の目には槍を振る姿が戦神のように神々しく映った。 飛び散る汗がキラキラきらめいて美しかった。 ……はぁ。 本当、カッコいい。 武人だけあって、顔は少しイカツイかもしれない。 けれどその佇まいに、男らしい美しさがあった。 そのあと俺は煮炊きの場所へ移動して食事を取った。 そして今日は、身体を洗うために川へ。 水はたまらなく冷たいが我慢して垢をこすり落とす。 軟弱な肌がすぐに真っ赤に染まってしまった。 それにしても、姫は全く姿を現さない。 深窓の姫君とはいえ、あんまりじゃないか? ヘタレな俺は、姫と護衛さまの恋愛妄想だけで、もう、すっかり姫のことを諦めてしまっていた。 それでも、ここまできたのだから、一目だけでもその姿を見てみたかった。 もしかしたら 、この屋敷は王家所有ではあるが、姫のための屋敷ではない? いや、でもそれならあんなすごい護衛さま(推定)をこんなところに置いておくわけがない。 必ず姫はいるはずだ。 水滴をぬぐって服を身につけ、ひと心地つく。 すると、上流の方から、「あっ」という女性の声が聞こえた。 ガサガサと慌てたような音がすると同時に、何か赤い布らしきものが流れてきた。 とっさに川に入ってその布をつかむ。 しかし、踏み入れたところが悪かったらしく、深みにはまって倒れ込み、流されそうになる。 足元の石がゴロリと転がる音と、ジャプリという水音が妙に大きく聞こえる。 命の危機を感じた。 流されまいと必死で岩にしがみつく。 川岸から手が伸び、俺の腕をグイッと掴んで、力任せに引かれた。 助かった。と思ったのもつかの間、俺は岩にしたたか頭を打ち付け、意識を失ってしまった。
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