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彼女はそう言うと、少し俯き加減になった。それでも、月夜に照らされた彼女の姿はとても神々しく、綺麗だ。
僕は「自宅に用意してありますから、案内します」そう伝えると、無言で彼女の手を繋ぎ祖母の家へと案内した。
道中は喋る事も無く、今では祖父と孫に近い年齢にまでなってしまった私たちを、もし何も知らいない人が見たらどう思うのだろうか。
そんな事を考えながら歩いていた…その時だった。
突然の衝突音と共に、何がおこったのか僕には理解できなかった。握っていたはずの手の温もりは無く、あるのは黒い車がスリップ痕と共にぶつかった後の光景だった。
何が遭ったのだろうか?何も考えられなかった僕は千代さんの方を見る。しかし、そこに千代さんはいなかった。
「千代さん……?まさか」
嫌な予感が頭の中を駆け巡る。「まさかそんな」ここまで来て、こんな結末だなんて。
僕は必死になって、自分自身の想像を否定し、無事な千代さんを探した。
そして、見つけた…。
ありえない量の血だまりの中に、彼女は朦朧とした意識のまま人形のように寝転がっていた。
一見して助からないことが、頭の中では解っていながらも僕は駆け寄らずにはいられなかった。
「千代さん!千代さん!!」
「……」
血濡れになった彼女を抱きかかえると、千代さんは苦しそうに呼吸をしている。
ここまで苦しんで生きてきたというのに、何故、終わりすらも安らかにしてくれないのか。
私は号泣し、彼女の手を握った。
千代さんの温かな手は次第に冷たくなり、強く握られていた手の力も次第に抜けきってしまった。
「そんな。こんな終わりなんて。僕は、僕は……!」
――
泣きながら僕が何かを言おうとした時、彼女は最後の力を振り絞って、僕にキスをした。
鉄の臭いと共に、千代さんのあの独特な香りが混じる。
彼女は何か言いたそうに口をパクパクさせると、その後、微笑みながら息を引き取った。
こうして、完璧な彼女の決定的で最悪な欠点は彼女の命と共に消えていった。
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