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彼女は名前を千代と名乗った。最近この辺りに引っ越してきて、散策を兼ねて夜の海辺に散歩しに来くると、先客の貴方がいたと語った。
「僕も先日ここに引っ越してきたばかりなんです。名前は春人と言います。本が好きです」
「そうか、少年は本が好きなんだね。本は良いね、あらゆる文化や言語、時代や記憶を残してくれる。私も本は好よ」
千代さんは不思議な女性だ。少年と言われ、子ども扱いされたことに少しだけムッとしたが、朴訥な僕の性格ではそれを怒りとして表すことはできない。そして、黙り込んでいると彼女は少し挑発的に笑みをうかべた。
「少年……と呼ばれるのは嫌だったかしら」
「もう18歳ですから、子供呼ばわりされるのは好きではないです」
そう言うと、彼女はまた笑い。「そうかいそうかい」と頷いた。
僕は何処か千代さんに、古めかしい雰囲気を感じてしまう。外見そのものは、最近の若い人によくある普通の服を着ている。髪型も長く綺麗なストレートで、特段変わっているという様子もない。
その違和感を考えてながら、彼女の言葉を振り返ると、彼女の言葉自体が古いというよりも、言葉の選び方や考え方が現代の普通の人、というより小説にでてくるような、明治や昭和の人の口調だった。
「千代さんって、何をやってる人なんですか?その、失礼ですけど、言葉とか話のニュアンスがまるで物書きの人の台詞みたいで――」
「悪いわね、癖なのよ。別に中二病をこじらせてる……とかじゃないから気にしないで。私は。そうね、流浪人みたいに色々な所に行っているだけよ。それより、少年はこんな時間に何をしていたの?明日も学校じゃないのかしら?」
「そうなんですか。学校は行ってないです。友人を亡くしてから行く気になれなくて、もうじき卒業なんですけどね。今は祖母と共に暮らしています」
「あら、そうなの。ごめんなさいね。でも学問を習うのに学校限定という事はないわね。昔は寺小屋で書き方を教えていたくらいだもの」
「いつの時代の話をしてるんですか」
そう言うと、千代さんは僕を励ますように笑っていた。彼女の冗談めいた言葉に僕も固まった表情が緩み、笑ってしまう。彼女の笑い方もとても綺麗で、その月夜に照らされた姿からは、年齢を知ることはできない。
「そう言えば、さっき流浪人だと言いましたけど。流浪人って時代劇に出てくる流浪人ですか?」
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