12人が本棚に入れています
本棚に追加
「少年は信じてしまうのね。人によっては冗談だろうと笑ったり、人によっては長年変わらない私を恐れ、逃げたわ。そうするうちに、私の恋心はとうに枯れ果ててしまったの。貴方の純愛を利用してしまうのは気が引けるわ、でも終わらせてくれないかしら」
そこには、何十年、何百年とも解らない長くを生きすぎた彼女の悲痛な願いがあった。僕は動揺が隠せなかった。それでも不思議と千代さんへの想いは変わらない。
でも彼女の命を終わらせたくはない。だからこそ、僕は包丁を地面に落とし覚悟を決めて彼女を抱きしめる。
「どれくらいかかるか解らないけど、僕が貴方を治しますから。どうか、待っていてほしい。あと数十年だけでも僕に時間をください」
僕がそう言うと、彼女は泣いているのか胸元に濡れた感触がする。静かに泣く彼女を抱きしめ続けた。例えそれが熱に魘されただけの初恋だとしても僕はかまわない。
しばらくすると千代さんは僕を押しのけて「私は待っているわ、春人は私を治せるように頑張って」と言い、泣きながら微笑んだ。
僕は初めて自分の名前を呼ばれた喜びと、彼女の完璧さの陰にある、最大の欠点を治したいと感じた。僕が頷くと、彼女は「治せたら貴方にキスしてあげるわ」と涙目でからかい、僕は照れた。そして東京に戻る事を伝えると、彼女は笑った。
それから僕は、祖母に彼女が病気であること、それを治すために僕は大学へ進学したいことを伝えると。急なことなのに祖母は無言で頷いた。
その後、僕は東京へと戻った。その理由は彼女の呪縛を解く事だ。勿論、彼女の言葉は嘘だったかもしれない。迫真の演技だったかもしれないが、不老という最大にして最悪な生物としての欠点を取り除く為に、僕に必要なのは知識だった。僕の姿勢に両親は眼を丸くしていた。
一年が経ち、遺伝子や生命について知る為に大学に進み、大学院へと行き、最終的には研究者として海外へと渡った。
千代さんと再会する事は、もしかしたらないかもしれない。それでも、僕の研究の成果が、数世紀先であっても実り、そして彼女の呪縛を解く事ができるなら僕の人生など惜しくはない。
それは僕自身が50歳を超えた今でも尚、抱き続けていた。しかし、それは突然終焉を迎える。僕の初恋は老化のメカニズムや、不老になる手順へと注がれた。
最初のコメントを投稿しよう!