第1章

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 少し、昔話をしよう。  十年前のこと  僕は両親と海外旅行を楽しんでいた。  その旅行は少し変わったもので、ニュージーランドから南極近くの海を通り、南米まで行く、という物だった。  両親は少し変わった物が好きだったのだ。  少し大きめな客船に乗り、何人もの大人に囲まれていた。  頬を刺す冷たい風に、海特有の生臭い香り、周りの大人たちの話し声や、波の音が聞こえてきていた。  船は時たま大きく揺れていたが、そんなのは全く気にならなかった。  僕はひたすら海を眺めていた。  何かが泳いでいるのが、ぼんやりと、輪郭のみだが見えていた気がする。それが一体何なのか、船の柵ギリギリまで行き、そのうえ身を乗り出して見ていた。  今思うと、そんなのを見て、一体何が楽しかったのか、さっぱり分からないのだが、その頃はそこそこ楽しんでいた気がする。  両親はシャンパン片手に雑談をしていた気がする。  …………  いや、海を見ろよ。  幼心にそう思ったことも覚えている。  がそれは、のんびりとした楽しい時間だった。  が、それは長くは続かなかった。  船が大きく揺れて、老若男女の叫び声と、何かが壊れる音が響く。  それはとても不愉快な音だった。  が、僕は叫ぶことができなかった。  なぜなら船が大きく揺れたときに、海に落ちてしまったのだ。  「アー―」  ザブンと、頭から海に入ってしまう。  僕はその時初めて知った、馬鹿みたいに冷たい海は、冷たいと感じるより突き刺さるような感触が強かった。  あらかじめ配られていた救命胴着のおかげで、死ぬことは無かったが、浮き輪を膨らませる方法が分からず、僕はパニックに陥っていた。  手や足を適当に振り回し、意味も無く息を吐き続ける。  口を開けると、生臭い海水がとめどなく入って来て、ドンドン苦しくなっていく。  何とか海面に上がろうとするも、視界が不明瞭でどっちが海面なのかよく分からない、上下の間隔があやふやになっていた。  だんだん頭が痛くなってきた。  目も痛くなり、まともに開けられなくなる。  その頃の僕は、『死ぬ』と言うことがどういう事かよく分かっていなかったが、手足の力が抜けていき、暗闇が近づいてくる感じがする。  気分が悪い、冷たい、痛い。  そんな感情が渦巻くが、すべて消えていく。  もう、何も考えたくなくなっていた。  が、  最後に、どういうわけか僕は目を開いた。
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