第1章 『落とした本は拾うものじゃない』

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「ん?」 不意に、バサリと何かが落ちた。 音からして、本か何かだと思う 俺のでは無いらしい――なら、汐実 詩菜の教科書だろうか。 それが足元まで転がって来た。 「あぁ、拾うよ」 「そう。ごめんなさい」 机の下を覗き込む。 教科書程、大きくも薄くも無い……手の平サイズの文庫本――小説の様だ。 購入時のブックカバーに隠れて、表紙は見えない。 部類は、恋愛モノか――はたまライトノベルだろうか。 クラスのアイドルの愛読書は気にならなくも無い……が、人の趣味を覗き見るのはマナー違反だろう。 しかし、一言だけでも、本当に良い声だ。 彼女と談笑できるとしたら、毎日、学校に来るのも楽しみになる事だろう。 明日は、勇気を出して話しかけてみようかと思う。 「ん、どーぞ」 「あぁ、ありが――」 開かれた状態で、床に伏せられたソレを拾い上げ、汐実 詩菜に手渡す間際に、そのページをチラリと見た。 普通、小説の見開きを一瞥した程度で、活字で綴られた物語の内容など分かる筈はない。 だが、しかし――挿絵を見れば、なんとなく分かるものだ。 そう。 “美男子同士が半裸で、糸引く口づけ”なんかをする様な内容など……“アレ”しかない。 視認した直後に、ページを閉じる。 今しがた後ろを通り過ぎたクラスメイトにも気付かれていない自身がある程の速度。 まさに神速。コンマ何秒。 ――しかし、汐実 詩菜はばっちり見たようだ。 まさか、このページが今、来るとは彼女自身も思いもしなかったのだろう。 言葉を詰まらせ、表情が固まった。 「――ぁ……っと……――。うん。趣味とか人それぞれ――」 何か気の利いた一言を――と思ったのだが、 「御守くん。この後、少し良いかしら」 彼女の“完璧に作られた”一言で、黙らされた。
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