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知っている。これは、夢だ。
「いっけない」
振り返れば、そこに姉はいる。
「財布落としちゃった」
姉はポチのリードを引きながら、慌てて来た道を折り返す。
俺は姉を追いはしない。
「早くしろよ馬鹿姉。置いてくぞ」
そう言うと姉はええ?と言って俺の方を振り返る。綺麗な長い髪が、背中でさらりと風に舞った。
「え、亮ちゃん、待っててよう」
そんな姉の言い草に俺は僅かに苦笑し、安心させてやる様に言う。
「はいはい、待っててやるから。早く行け」
すると姉はもう、と笑い、俺に完全に背を向けて、あの忌まわしい道を走り出した。
ああ、姉さん。
今なら俺は、その背を呼び止めていただろう。
強烈なクラクション。次いで鈍く聞こえる衝突音。
あの日の記憶が蘇る。
「姉さん!!」
夢の中で俺が叫び、貴女の肉片が宙に飛ぶ。
紅葉と同じ赤を、俺のこの目に焼き付けて。
姉さん。
あんたはもう、この世にいない。
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