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「大丈夫だよ、これはただの捻挫だよ。何をしたか知らないがたまたま怪我が軽くて、たまたまこうして会えたからよかったものの、もしかしたら死んでたかもしれないんだぞ。今日はたまたまついていただけなんだ」
「痛いよお、寒い、寒いよう」
「お父さんの質問にちゃんと答えるんだ。なんで一人でお父さんに声もかけずにいなくなったんだ」
安藤が語気を強めて言うと、ゴリラの身体がビクッと反応した。
「もう怒らないでよ。それに一人じゃないもん、ゴリラも一緒だったもん」
さっきまで人形のように動かなかった玲は、顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっている。
「そうだ、ゴリラも一緒だった。ゴリラがいなかったら森の中で野たれ死んでいるところだったんだぞ。でもなんで黙ってどこかへ行ってしまったんだ。キングコングみたいに玲のことを攫っていったのか? それとも玲がいけないのか? どっちなんだ」
「ゴリラは悪くないもん、ゴリラはわたしのこと助けてくれたんだもん。お父さんなんて嫌い。わたしゴリラの方が好き」
「お父さんがどれだけ心配したと思ってるんだ。それならゴリラの子としてこの森で暮らせばいいだろう。せっかくの楽しいピクニックが台無しだ」
帰ってきた希望を自らの感情で絶望へと組み替えていることに、安藤は気がついていなかった。
エアコンの温度が最高に設定された帰りの車内では誰も言葉を発さなかった。安藤はことあるごとに舌打ちをし、玲は嗚咽を漏らし続けた。ワイパーによって剥かれた薄皮のような現実がフロントガラスの脇に積み重なり破れて後方へと流れ出す。玄関で安藤が口を開いた。
「身体が冷えてるから、疲れてるとは思うけど寝る前にお風呂だけは入りなさい」
「お父さんとは、入りたくない」
「ゴリラとで構わないから、すぐ入ってきなさい。お父さんはその後に入るから」
家の中の電気をつけると家を出た時と同じ光景がそこにはあったが、朝以上にモノが綺麗に整頓されている印象を安藤は持った。目の前の問題について考える気力は、今の安藤には残っていなかった。
「一緒に、お風呂、入ろう」
上ずった声の玲はゴリラの手をつかむと、安藤を見ようともせずに跛をひきながら安藤の脇をすり抜けて更衣室へ入っていった。
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