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安藤は身体を拭いたバスタオルを椅子の背もたれにかけると、グラスに水を注いでリビングへ移動した。カーテンを閉めてソファへ腰を下ろすと大きくため息をついてグラスの水を飲み干した。眼をつぶりこれまでの出来事を順を追って思い返そうとしたが、鉛のように重い体に引きずられ、まどろみにはまりこんでしまった。
ゴリラの唸るような声と重く鈍い衝撃が安藤を苛烈な現実の世界へと引き戻した。
ゴリラに服を脱がせてもらった玲から順に浴室へ入っていった。昨日の残り湯に熱湯を足すために、玲は屈んで手に力を込めて浴槽の横にあるハンドルを目一杯捻った。上半身を起こそうとすると、捻挫していた足首に痛みが走った。思わず玲の身体がよろける。抱きかかえようとゴリラが腕を伸ばしたその時、ゴリラの左手が熱湯を出す蛇口に触れた。ゴリラは感じたことのない痛みに腕を振り回してうなり声をあげた。玲はその様子を見て呆然としていた。振り回されるゴリラの腕が蛇口の下をくぐり、熱湯がゴリラの身体の上にに飛び散った。更なるパニックを起こしたゴリラが狭い浴室内を雄叫びをあげながら飛び回った。玲はゴリラに突き飛ばされて床のタイルに頭を打ち付けた。それを避けるようにして、ゴリラは素早く浴槽の縁に飛び乗った。
ポンポンポンッポンッ・・・
興奮したゴリラの悲しげなドラミングが浴室に響く。玲は起き上がらない。浴室に充満する湯気が、全ての影を飲み込もうとしていた。
半年前に真黒だった髪の毛は今ではその半分が白髪になり、体重は一〇キロ落ちた。余儀なくされた生活の大きな変化が、この半年間の急激な老いを安藤にもたらした。
全身まだら状に毛が抜け、毛が抜けた部分の皮膚が赤くただれたゴリラは車椅子を押してきた。車椅子に腰掛ける玲は手足も満足に動かせず、言葉を発することもできなくなってしまった。ロビーに居る彼らの中でゴリラだけが病院の中庭に積もった雪を珍しそうに眺めていた。
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