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人間のようにうまくいかなくても、ゴリラは家政婦として家事全般を不足なくひと通りこなしてくれているうえに、玲の友人としてもよくやってくれている。言葉の通じない動物と小さい頃から触れ合うことは玲の人生の大きな糧になり大きな実をつけるのに役立つはずだ。こちらの期待している以上にゴリラはよくやってくれている。しかし親である自分以上に玲と接する時間の長いゴリラが、道徳を教育できないという点に関してだけは不満を抱いていた。しかし人間の家政婦だからといって優れた教育者である保証はない。精神が幼稚で子供を虐待するような家政婦もいるではないか、いつもと同じように自分に言い聞かせた安藤は、ため息をついてからグラスの水を飲み干した。
安藤は立ち飲み屋で出会った園長という男からゴリラの家政婦を紹介された。
春が顔を見せてすぐに隠れ、忘れ物でもとりに戻ってきたように冬の寒さが帰ってきた雨の降る三月、保育園の卒園式を目前に控えた玲が熱を出して寝込んだことがあった。妻のいない安藤は、家から三〇分ほどのところに住む母親に面倒を頼んで出勤した。七時頃には家路についたが離婚してからなかなか飲みに行く機会がなかったので、その日ばかりは家事から解放されたいという欲望に導かれて、駅前にある立ち飲み屋の暖簾をくぐっていた。
その立ち飲み屋で、安藤は周りの顔なじみから園長と呼ばれている男に出会った。園長は薄汚れた緑青色のジャンパーを着て長靴を履き、白髪混じりのボサボサ頭で濁った目をした男だった。園長と呼ばれるのは保健所などから殺処分にされる動物を大量に引き取ってきて、自宅が動物園のようになっているからだった。
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