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玲とゴリラは意味などさっぱりわからず聞き流しているようだったが、安藤は顔をしかめて園長を牽制した。園長は安藤に目配せをして話を続ける。
「お嬢ちゃん、空中ブランコって知ってるかい?」
「知らなーい」
「すごーく高いところにブランコがぶら下がっていてね、それに手でぶら下がったり他のブランコに飛び移ったりするのさ」
「ふーん。このゴリラさんはできないの?」
「そうだよ。ゴリラじゃ重くて地面に真っ逆さまだよ。空中ブランコはできないけど、とても優しくて力持ちなんだよ」
「ふーん、すてきね」
玲は恥ずかしそうにゴリラを見た。
「まぁいくら人馴れしてるとはいえ暴れだしたら人の力では太刀打ちできないから、普段は檻で飼育し餌も檻の外から入れていたんだそうな。そうして面倒を見ているうちに青年もゴリラに対して情が湧いてきたのか、餌を持って自分も檻の中へ入っていくようになった。外から丸見えだけど檻の中は紛れもなく二人だけの空間だった。青年の種を超えた恋心が日に日に大きくなるに連れて、青年は肝心の空中ブランコでの失敗が目立つようになっていった。何か悩みでもあるのかと聞かれても青年は何も答えないもんだから、周りの連中ときたら何か問題を抱えているばっかりにゴリラと檻に篭るようになっちまったって勘違いしたんだな。本当の問題は真逆なのにさ。そうしてある日、青年は休むように言いつけられたんだ。その日の夜だった。青年は置き手紙を残してゴリラと駆け落ちしたんだそうな。そのあとは、まああれだ色々とうまくいかなくてね、結局うちで拾うことになったんだ」
ゴリラは自分の駆け落ちの話をされているのに園長の話を止めるでも、恥ずかしがるでもなく初めて来た安藤の家を物珍しそうに見回していた。途中から話の内容が分からなくなっていた玲は、ゴリラの仕草を横目でずっと眺めていた。愛嬌のある可愛らしいゴリラの顔が自分の方を向くと、慌てて窓の外へと視線を投げた。
ゴリラはその次の日から、平日の昼から夜八時頃までの時間、安藤家で家政婦として働くことになった。送迎は園長が運転する白い傷だらけのミニバンだった。
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