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幼く柔軟性の高い玲がサーカスで人馴れしているおおらかで心優しいゴリラと打ち解けるのには一週間もあれば十分だった。はしゃいで積極的に身体を預ける玲をゴリラは優しく受け止めた。ゴリラと接する時間が玲よりも短かい安藤は、玲がゴリラと打ち解けてからもしばらくはよそよそしかった。そんな安藤の態度を見ると玲は決まってゴリラの足にしがみついて父親のことを笑った。
買い物や調理はできなかったが炊事や洗濯、洗い物からアイロンがけは身振り手振りで教えこむとすぐにできるようになり、安藤の家での仕事は以前よりも格段に減った。玲も楽しんでいるようで、友達からも羨望の眼差しを浴びていた。母親の不在が一息で特権階級の会員証へとひっくり返った。安藤が玲に感じていた負い目も軽くなった。ゴリラを紹介してくれた園長との出会いは、奇跡的な巡り合わせだった。
玲が小学校で初めての夏休みを迎える直前のある日、園長はゴリラを迎えにあらわれなかった。園長からは何の連絡もなく、安藤が電話をかけても繋がらなかった。
園長がゴリラを迎えに来なかった次の日の夜、不審に思った安藤は園長の消息を探るため、園長と出会って以来立ち寄ったことのなかった立ち飲み屋を訪ねた。
「なんだいあの人大丈夫かね。近所からは苦情がたくさん来てたみたいだし、エサ代やら動物の世話をするのでだいぶ借金こさえてたみたいだからねぇ。もしかしたら夜逃げしたのかもわかんないね。園長のことはよく知らないんだよなぁ」
顔馴染みに見えた客たちは他人ごとのように話した。
住所も本名も知らなかったが、タクシードライバーに動物を沢山飼っている家だと言うとすぐに伝わった。車庫には見覚えのあるミニバンとヘッドライトがガムテープで補強されている古臭い国産のセダンが停められている。灯りのついていない園長の家は、辺りの家と比べて特別大きいというわけではなかった。庭には無数の檻が並べられているのが植込み越しにも確認できた。安藤が数回呼び鈴を鳴らしても返事はなかった。残された動物たちの何重にも重なる唸るような鳴き声は闇の中で一塊になっていた。
安藤は念の為に警察に通報したが園長の足取りは依然不明だった。通報した安藤も形式的に取り調べをうけた。園長から派遣してもらっているゴリラが警察に連れ去られてしまうことを恐れて、警察にゴリラの家政婦の話は一切しなかった。
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