二星 『ゴリラの家政婦と』

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「それでね、お父さん、ゴリラも本当は自分の住んでた森に帰りたいんじゃないのかなって、あたし思うの。本当のお家を探してあげたいなって」 「今の本当のお家は玲たちの家じゃないかな」 「でもここに来たら自分で歩いて行っちゃったし、すごい楽しそう。わたしだって楽しいけど」 「ゴリラを森に放してやったら、ゴリラとは会えなくなっちゃうんだよ。そうしたら玲、嫌だろう?」 「ゴリラと遊べなくなっちゃうのは嫌だけど、ゴリラが森のほうがいいって言うならしょうがないかなあ。でもやっぱりお母さんみたいに会えなくなったら寂しいと思う」 「お母さんは悪い人なんだ。その話は昔散々しただろう? お母さんといたら玲まで悪い人間になってしまうんだ」 「でも」  玲はゴリラから手を離してうつむいた。 「ハイキングには、ゴリラも連れて沢山行こう。ね? また来ようよ。それだったらゴリラも喜ぶし、玲も楽しいだろう?」 「うん、そうね。楽しいから、いっぱい、ぜーんぶ行きたい」  安藤達は休憩所で遅い昼食をとった。安藤と玲はコンビニで買ったサンドウィッチ、ゴリラはニンジンとハクサイとキャベツだ。 「ねぇ、あっちの方に行ってみない?」  そう言って玲は道の外、森の奥を指さした。 「わたしもう道の上を歩くの飽きちゃった。あなただってそうでしょう? わたしわかるのよ。今度はあなたが先でいいわよ」  安藤がトイレから戻ってくると、玲とゴリラの姿は消え、空になった安藤のサックだけがだらしなく残されていた。辺りに人影は見当たらなかった。名前を呼んでも返事はなく、静かで不気味な空気が横たわっているだけだった。 「隠れてお父さんのこと驚かせようとしてるんだろう」  声をかけると背後でカサカサッと小さな音がする。急いで安藤が振り返るとスズメのような小鳥が奥の方へと飛んでいくところだった。  ゴリラが樹に登ることを思い出した安藤の身体をエジソンを何度も撃ったのと同じ類の電気が走った。ゆっくりと顔を上げて樹の上を見回したが、ゴリラと玲はそこにはいなかった。天を仰いだ安藤の顔に水滴が落ちる。雨? それとも鳥の小便か? と思案するのと同時に空は暗くなり、雨が葉を叩く音が安藤の周りを囲んだ。
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