第1章

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一度拗れた男女の間は簡単にはまとまらないものだが、武と野原は収まるところに収まった。 今は幸せ街道まっしぐらな友人を尻目に、慎は相も変わらぬ学究生活を送っていた。 ある日のこと。柊山に改まって呼び出された。 何日何時に来るようにとだけ伝えられる。毎度のことだが素っ気ない。 毎日出入りしている部屋ではあるが、その時々で表情ががらりと変わる。 柊山は普段は砕けた人物だ。この時代の教授にしては珍しくリベラルな人物だが、時として大変いかめしくなり、前時代的な規律を要求する時がある。 例えば今日のように。 「尾上です」ノックをし、応えを確かめて慎はドアを開ける。 柊山は鷹揚に頷き、席を勧めた。この場面で座るのは禁物だ。慎は柊山を見下ろす位置で直立した。 「単刀直入に言おう」 柊山の良い所は重大な用件ほど前置きをしないところだ。 慎は背筋を伸ばす。 「武君は長期休暇に入った。夏休みの前倒しと思ってくれていい。早くても秋まで登校しない」 「はい」 「ついては、正式に君を武君の後任に任命する」 「ありがとうございます」 「武君は復帰次第私の預かりとなる。彼が戻ってきても今期は元の仕事に就かせることはない。ただ、シラバスはすでにできあがっているから、原則としてそれに倣うこと。不明点は別の指導教員を指名するから彼らの指示に従いたまえ。もちろん、私や武君へ連絡や相談をするのも良しだ。彼もかまわないと言っている」 武君、悪いな。 内心で慎はひとりつぶやく。
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