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もちろん、本気で「悪い」などとこれっぽっちも思ってはいない。先を行っていた武と肩を並べるところまで来たというだけのこと。
今期はいい、本番は来年だ。
きっと彼も今年やり残したことを果たそうとする。
正念場だ。
「謹んでお受け致します」
「うむ」
柊山はひとつ頷く。
「立ったままというのも何だ、かけたまえ」
再び席を勧められた。
この流れもなじみがある。重要な話が終わった。別件で用があるという前触れだ。
慎は今度は仰せに従った。
柊山がマッチを擦り、煙草の火をつけ、一服するのを待つ。
何度か煙を吐き、灰皿に吸い殻を押しつけ、次の煙草を手にしながら、切り出した。
「今週末、空いているか」
「自分ですか」
「うむ」
「特に予定はありません」
ちらりと女の顔が脳裏をよぎる。適当に会い、宿に行き、関係を持った女だ。
会ってくれと言ったのは自分だったか、相手が先だったか、もう忘れてしまった。
たしか週末も約束を入れていたような気がしたが、かまわない、優先順位は柊山の用件の方が高い。
「大丈夫です」
「君に尋ねてもらいたい人がいる」
慎は眉をひそめた。
つい先頃、野原を案内したことを思い出したからだ。
「どなたでしょう」
警戒の色を乗せて答えた。
「安心しろ、幸宏と野原君のようなことはもうない」
「だったら結構です」
「少し遠いのだが」
「かまいません」
柊山は机の上の本の群れから一冊を抜き取り、軽く埃を払う。
朝日に照らされ、埃はキラキラと光を放った。
「古くからの友人が奥多摩にいる。長く借りたままになっていた本を届けて欲しい」
「わかりました」
「遺品だ、大切に扱ってくれ」
遺品ということは、相手は故人、会うのは遺族ということになる。
「ご友人と仰いましたが?」
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