第1章

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もちろん、本気で「悪い」などとこれっぽっちも思ってはいない。先を行っていた武と肩を並べるところまで来たというだけのこと。 今期はいい、本番は来年だ。 きっと彼も今年やり残したことを果たそうとする。 正念場だ。 「謹んでお受け致します」 「うむ」 柊山はひとつ頷く。 「立ったままというのも何だ、かけたまえ」 再び席を勧められた。 この流れもなじみがある。重要な話が終わった。別件で用があるという前触れだ。 慎は今度は仰せに従った。 柊山がマッチを擦り、煙草の火をつけ、一服するのを待つ。 何度か煙を吐き、灰皿に吸い殻を押しつけ、次の煙草を手にしながら、切り出した。 「今週末、空いているか」 「自分ですか」 「うむ」 「特に予定はありません」 ちらりと女の顔が脳裏をよぎる。適当に会い、宿に行き、関係を持った女だ。 会ってくれと言ったのは自分だったか、相手が先だったか、もう忘れてしまった。 たしか週末も約束を入れていたような気がしたが、かまわない、優先順位は柊山の用件の方が高い。 「大丈夫です」 「君に尋ねてもらいたい人がいる」 慎は眉をひそめた。 つい先頃、野原を案内したことを思い出したからだ。 「どなたでしょう」 警戒の色を乗せて答えた。 「安心しろ、幸宏と野原君のようなことはもうない」 「だったら結構です」 「少し遠いのだが」 「かまいません」 柊山は机の上の本の群れから一冊を抜き取り、軽く埃を払う。 朝日に照らされ、埃はキラキラと光を放った。 「古くからの友人が奥多摩にいる。長く借りたままになっていた本を届けて欲しい」 「わかりました」 「遺品だ、大切に扱ってくれ」 遺品ということは、相手は故人、会うのは遺族ということになる。 「ご友人と仰いましたが?」
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