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見たところ、このガキは、十歳前後だと思う。普通、今頃は学校にいるはずだ。病気で休んでいる感じではない。この痩せた身体が病気によるものなら、なおさらここにはいて良いわけがない。
服も、着古した、この裕福な住宅街には似つかわしくない服だ。初めは可愛いワンピースだったのだろうが、今は見る影もない。
髪はボサボサで、腰のあたりまで垂れている。手入れもまともに出来ていないのだろう。俺の髪質も大したものではないが、このガキよりはマシに思えてきてしまう。
そのガキは、乾いた目で俺を見ていた。潤みもしないその目が、さらに痛々しくて。
俺は、浅く息を吐きながら、恐る恐る、そのガキに近付いた。ガキは、ろくに警戒もしていない。知らない人は警戒しろということも、教えてもらえなかったのだろうか。
膝をおって、ガキと目線を合わせる。ようやくガキは俺に興味を示したのか、目の焦点が俺の顔に合う。
俺はその目を見つめた。数秒、十数秒と。
ガキは、あまりに俺が長く見つめた所為か、顔を隠して伏せてしまった。その仕草だけは、年相応のガキのようだった。
「……なぁ、お前……」
俺は、この家のおぞましさにあてられたかのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。そうでもないと、俺があんなことを言うものか。
しかし、あの時の俺は、言ってしまったのだ。
「……俺と、一緒に来るか? この家から、出てこないか?」
ガキは、顔を上げた。俺の目を、ひしと見つめる。
「……お……じさま……なの?」
おじさま?
俺はまた困惑したが、表に出さず、
「まぁ、様付けされるほどじゃないけどな……。そうだよ」
一応、おじ様って年でもないはずなんだが……。老け顔だしな。この年のガキからすれば、そう見えるだろう。
「……そうなんだ……」
ガキは、嬉しそうに、そう零した。
乾いていた目を潤ませ、涙とともに。
「……じゃあ、おねがい。連れてって。あたしを、攫って」
攫って、という言葉に。俺はたじろぐべきだったんだ。でも、この時の俺は、あてられていた。あてられていたんだから、もうどうしようもなかったんだ。
その日、俺は誘拐犯になった。
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