綾城祭

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次の演目曲が流れ始めたと思ったと同時に。 彼の腕から、ふっと力が抜けていった。 彼の想いを最後まで心に刻んでおきたくて、私はもう一度彼の体に強くしがみついた。 「……………!」 その時。 一度収まった彼の腕の力が、再び強くなった。 次の瞬間、ぎゅうっと抱きしめられる。 それはもう優くんじゃなくて、折坂くんなんだって……。 何故か私はすぐにわかってしまった。 「………折坂くん」 「………うん」 すぐに私が折坂くんだって気付いたからか、折坂くんは一瞬びっくりしたみたいだったけど。 すぐに認めて、コクリと頷いた。 彼の温もりが愛しくて、優くんとサヨナラした寂しさが一気に襲ってきて、私は彼の首に強くしがみついた。 「あのね、優くんね。ちゃんと現れたよ」 「うん」 「ピアノ、最後まで弾いてね。凄く素敵な曲だった。……皆感動して、拍手もいっぱいもらってた」 「うん」 「願いが叶った……って。……ありがとうって、言ってた。……もう思い残すこと、ないって……」 「うん」 「────サヨナラって言って。……行っちゃったよ……」 そこでまた、涙が溢れ出した。 「………うん」 折坂くんは、うんしか言わなかったけど。 抱き寄せて、頭を撫でてくれたその手は凄く優しくて、温かかった。 優くんが言った折坂くんの想いも、聞いてみたい気持ちはあったけれど。 今は行ってしまった優くんとの思い出を、静かに反芻しよう、と。 そう思いながら、私はそっと目を閉じた。  
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