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「この辺りでは、綾城祭って有名でしょう?……あの子、綾城祭でピアノを弾くのが夢だったのよ」
「……………!」
「綾城に合格して、これから…って時だったんだけど。ピアノ教室の帰りに事故に遭ってね……。ちょうどこのぐらいの時間。……暗くなる、少し前だったかな」
遠い目をして話すお母さんの言葉を聞いて、私は今までわからなかったことが、ストンと腑に落ちたような気がした。
優くんがいつも夕方に現れていたのは……事故に遭った時間、だったのかな……。
そして、最後に言った『2つの願いが叶った』という言葉の意味。
1つは完成した曲を、私に聞かせること。
そしてもう1つがどうしてもわからなかったんだけど……。
もう1つは、綾城祭でピアノを弾くことだったんだ……。
優くん、ホントにホントに……ピアノが大好きだったんだね。
そしてちゃんと、それを叶えたんだね……。
「……………っ」
涙が溢れてきて、私はそっとそれを指で拭った。
それを見たからか、お母さんは逆ににっこりと明るい笑顔を見せた。
「………でもね、私は心配してないの」
「え?」
「だってね、この子……。逝ってしまった時、とっても安らかな顔してたの。こんなに若くて、心残りも未練もいっぱいあったと思うけど…。でもそんなの、全然感じさせないくらい、満足そうな顔をして旅立っていった……」
そこで初めて、お母さんは目元に涙を光らせた。
「きっと……いい夢を見たんだと思うの。幸せな気持ちのまま旅立ったって信じてるから……私は心配してないの」
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