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«古代から栄える地下都市エリンデリンへ。 街で待つは、運命の別れと門出»
【先に辿り着いた者達の………】
Kとオリヴェッティ達が地下都市エリンデリンへ到着する前に、先にエリンデリンへと入ったのはシャンティやミカーナやリルマを連れたクリーミア達だ。 行商人の連れる荷馬車がぞろぞろ入る中の1つに乗って地下都市エリンデリンへ。
地下都市の細かい様子は、Kとオリヴェッティ達が訪れた時に描くとして。 それでも、地下都市と云うと蝋燭やランプ等の明かりの溢れる薄暗い場所・・と言う事は無い。
地下都市のエリンデリンは、黄金色に光る煉瓦の大きな壁、こう見える世界に囲まれていた。 亜種人から人間まで、その集まる数は万と云うには足らな過ぎる。 そして、地下都市エリンデリンは、頑丈にする各階の土台は石造りにしても、その街は石らしからぬ黄土色から灰色の建材で造られた街で。 塔型となる巨大な建物のその外側の壁は、空間を隔てて地下深くまで続く。 どうしてこんな様子なのか、誰がどうして創ったのか……。
さて、地下の最上階より底の階まで何階層となるのか。 巨大なフロアとなる上階から壁際より、奈落のような空間を見下ろしただけでは解らない塔型の都市。 その一角にて、大きく曲がる階段を駆け下りるシャンティは、平坦となる地下都市の街路へ降りて走った。 少し古くなった灰色の煉瓦舗装となる路。 大雨や地震への対策か、空間として、黄金色に輝く壁まで少し離れて居る塔型の都市。 その縁に伸びる路の右側には、建物の端となる手摺の壁がシャンティの胸辺りの高さで続く。
商売する者が集まる塔なのか、軒先に商品を並べる四角い建物が犇めく区画。 小物から旅の必需品を扱う店のドワーフの女性は、走るシャンティを見て。
「あら、シャンティ。 ・・へっ? あ、あっ、シャンティ?! ああっ、アンタぁ!」
「ん? どうしたぁ?」
ドワーフの夫婦が驚く様子も、今のシャンティには眼に入らなかった。 やっと、やっと、帰って来れたのだから。
商業店舗が溢れかえる地下棟の地下6階は、市場と卸売り業者が主に、小物や修理・細工・加工を扱う商店街が犇めく階に成っていて。 その商店街中央付近に、シャンティの伯父一家が営む装飾と手直しの鍛冶屋が有る。 伯母となる〘エルファレイム/ハーフエルフ〙(混血)の奥さんは、その隣で簡単な薬と薬効ハーブの紅茶専門店を出していた。
「伯父さんっ、伯母さんっ、ただいま!」
店頭から見える様にして在る工房前に、突然の様子で現れたシャンティを見て。 やや草臥れた中年のナイスミドル風の男性エルフが、その目を丸くする。
「あ・・あぁ、シャンティっ?! シャンティじゃないかっ!!」
姪の存在を認識するや、驚くままに大声を上げた中年男性のエルフ。
其処へ、その大声を聞いたのだろう。
「はぁ? 何を云っているのアナタ」
と、隣の店先から出て来た奥さんも、店頭で男性と会うシャンティの姿を見て驚いた。
「シャ・シャンティっ。 まぁっ、本当にシャンティだよぉっ!」
抱き合って喜び会う姪と伯母。
然し、少しブカブカとなる女性モノの上下に、ビハインツから借りたままのマントローブを被るシャンティで。 普段の彼女らしからぬ姿に、更に驚いた伯父夫妻。
「シャンティ・・戻ってこ、来れたのかい?」
喜ぶ半ばにして恐る恐ると尋ねてくる伯父となる草臥れたエルフの男性に、シャンティは自分の身の上に何が起こったか。 それを伯母の店の中で、掻い摘んで話した。
エルフの里でも、指折りの鼻つまみ者である男に騙され。 悪党の住む暗黒街へ売られた挙げ句に、危うく犯されかけた。 その所を、人間の冒険者に助けられたと聞いては…。
「おおお・・・、何と云う奇跡だい。 あの、“ならず者の町”に連れて行かれたら、誰一人として帰って来れないと噂していたのに…」
シャンティは、生まれてまだ物心が着くかどうかの時に。 自分を連れて森に出た母親が、モンスターに襲われてしまい。 その時の深手が致命傷となり、母親は死んでしまったとか。 この伯父夫妻は、森へ数日に渡って狩りや採取に入る父親の代わりに、幼子の頃からシャンティの面倒を見てきたらしく。 彼女にとっても、伯父夫婦は第二の親みたいな存在で在り。 伯父夫妻にしても、シャンティは実の子供と変わらない存在なのだ。
「た、助かった……。 あ、ああっ、シャンティが助かったぁぁ」
「良かったぁ、本当に良かったよぉっ!」
伯父夫婦が泣いて喜び、周りの店の者が見に来る。 攫われたシャンティが戻った事で、暗黒街の悪党が壊滅した噂が本当だったと知る街の人。
着替えをするシャンティで、衣服を変えると。
「伯母さん、このマントやローブを洗って欲しいの。 借り物だから、綺麗にして返したいわ」
「あ、そうだね。 助けてくれた方に、何か御礼をしないと……」
また、シャンティは伯父へ。
「伯父さん」
「ん?」
「今から、斡旋所に行きたいの。 主さんに、色々と報告をしたいわ。 面倒を掛けちゃうけど、一緒に来てくれる?」
「お、おぉっ! そ、そうか。 悪い者を捕まえたと云うからには、それもした方が良いな。 よし、私が一緒に行こう」
こうして、シャンティは街に居る親代わりの伯父夫婦と会った。
また、このシャンティの伯父夫婦の店とは4つ下となる薬や食品を扱う店が多く軒を並べる階層の一角にて。 直線で降りる階段の左側の建物の1つに、青い庇の木戸を嵌めて閉まった店が在る。 今、木の戸を店の外に閉めたまま、脇のドアを開いて痩せたエンゼリアと見れる女性が街路へと。 その見た目は若いが、疲れて気力の無い様子は、とても苦労をした様子が滲み出ていて。 木製の桶に水を入れて、店の外側の花壇にやる為だ。
そこへ、ミカーナは戻った。
「あ、あの・・ただいま」
青みの栄える金髪を長くしたエンゼリアの女性は、生気の無い動きでミカーナの方を向く。
「あ、み・・みか……」
手を伸ばして桶を落とした女性は、驚いているものの涙は見せない。
「ただいま、お義母さん。 お父さんは、大丈夫?」
ミカーナの服装は、消えた時とは違う。 杖を持ち、人の衣服に近い服装だから、エンゼリアの女性は色々と在った事を何となく察して行きながら。
「たす、かったの・・かい?」
「うん。 人や森の民の冒険者の方々に助けられて、何とか帰って来れたの。 お父さんは、寝てる?」
「あ、・・えぇ。 怪我の治りが・・ちょっと思わしくないの」
「やっぱりモンスターにやられたんだよね?」
「そう」
親子にして、この時にこんなぎこち無い会話が有るのか。 家の中へと入ったミカーナは、木製のベットに寝る父親に寄る。
「お父さん、お父さん、大丈夫?」
背が高く、エンゼリアにしても美男で、人の様な風貌が含まれる白銀髪の男性は、脂汗を浮かべながら憔悴した顔の瞳を薄ら開いた。
「あ、あぁ・・み、ミカーナのまぼ・ろしが……」
「お父さん、確りして。 私、助かったの。 戻って来たわ」
木製の大きなベットに横となる父親の手を握り、ミカーナは声を掛ける。
「たす・かった? ミカーナ、本当に助かった?」
「うん。 優しい人間の人や森の民の冒険者の方々に保護してもらって、やっと帰って来れたわ。 お父さん、今度は私がお父さんを見守る番ね」
父親が涙を流して、アワアワと喜ぶ。
水を飲ませたり、助かった話を少ししたミカーナ。 喜ぶ父親は、まともに立つほど起き上がれないが。 安心したのか、話を聴きながら目を瞑る。
安心してか父親が眠ると、着替えたミカーナはまた店の外へ。
そのミカーナの後から外へ出る母親らしき女性は、何処か遠慮しながらの様子で。
「せっかく帰ってきたのに、これから何処へ行くんだい?」
「斡旋所。 私達を助けてくれた冒険者の方々は、とても有能な人達だったの。 その方々がしてくれた事を、私の話で証明しないと。 森に溢れるモンスターをいっぱい倒して、フォレスト・ジャイアントさんを助けて、街道に倒れた大木を撤去して、悪い人を退けてくれたの。 正しい事をした人や森の民の方々には、ちゃんと評価して貰わないと、ヤダ」
「あ、じゃあ、わ・私も……」
「ううん。 お義母さんは、お父さんの傍に居て。 また起きて私が居ないからって容態が急変したら、困るよ」
戻ったミカーナは、現実の生活に引き戻された気がした。 そして、亜種人の住人となる民がひっきりなしに通る街路を行くと。
「みっ、ミカーナ! 何処へ行ってたんだいっ?!」
知り合いとなるサハギンの奥さんと会う。
「心配を掛けてごめんなさい。 今さっき、やっと帰って来れたの。 悪い人に捕まったけど、何とか逃げて来れたわ」
「あっ、嗚呼っ! 助かったのかい? 良かった、良かったぁぁ」
また、同年に近い少年や少女の亜種人達と会うや。
「ミカーナっ」
「あ、ミカ!」
「へぇ? み、ミカーナ?」
エルフ、ホビット、リザードマンの少年少女に会うミカーナは、助かった事を知らせて喜びを分かち合う。
「斡旋所に行くぅ?」
「おいおいっ、人の評価なんて辞めろよぉ」
「そうだそうだ、人なんて悪いヤツばっかりだぞ」
まだ、外側の事をあまり知らない同年代の友人達だが。
「悪い人ばっかりじゃなかったよ。 私を助けてくれた人は、とっても有能で、優しい人達だったわ。 それに、フォレスト・ジャイアントさん達を助けたり。 あのシュワイェットの人と話せるのよ」
「シュワイェットと話せるぅ?」
「ウソだぁ!」
「そんな人が居るのぉ?」
人の年齢にして、まだ12歳程のミカーナ。 本当の母親は、ミカーナが2歳の頃に、人の男性と世界を見たいと駆け落ちして消えた。 今、父親と結婚しているのは、母親の妹となる人物だ。 叔母となる義母は、幼い頃から消えた母親に劣等感を植え付けられたらしい。 父親と先に恋へ落ちたのは自分なのに、ミカーナの母親となる姉に寝盗られたと。 ミカーナは、6歳ぐらいから叔母と暮らす様に成ったものの。 この叔母より母性を感じた事はあまり無い。 父親も、ミカーナが9歳を過ぎた頃に、寂しさを感じて何かと世話をしてくれる叔母と結婚した。 この街から南側へ少し下がった森の中には、ミカーナの母親方の実家が在る。 その集落は、様々な亜種人の集まる場所で、親が居ないとか、大怪我をして身体の自由が利かなくなった者が助け合う集落だ。 シュワイェットのリルマを連れて行くとクリーミアが言ったのは、その集落で在る。
ミカーナと一緒に成った少年少女は、とても嬉しそうにして。
「一緒に行ってやるよ!」
「うん。 ミカがもう居なくならない様にっ」
「そうだな、どうせ暇だしぃ〜〜」
「お前なんか一年中で暇じゃんか」
周りから友達が集まり、7人程で行く。 どんな事が在ったか、どんな目に遭ったか、恥ずかしくも誇れる気がして、旅の事を話すミカーナだ。
友達と一緒に斡旋所へ向かったミカーナ。 斡旋所では、クリーミア、エリーザ、タリエ、ケルビンに、シャンティと伯父まで来ていて。 リルマとまた会うミカーナ。
「リルちゃんっ、来てたの?」
「ミー、ミーあ、ミーあ〜〜」
リルマと待合室となる大きな部屋で会う。
クリーミアは、少年少女達と来たミカーナが着替えたので。
「家に戻れたか。 怪我をしたと云う父親は、大丈夫だったか?」
椅子に並んで、リルマを抱いて座るミカーナ。 ミカーナの友達は、シュワイェットのリルマがとても珍しいのだろう。 頭を撫でたり、話し掛けたりする。
「シュワイェットだぁ」
「子供を初めて見た」
「本当に、青い肌にツノが有るぅ」
無邪気なリルマと少年少女は、直ぐに打ち解け会うような様子へ。
少し微笑むミカーナは、クリーミアへ。
「家には帰れました。 でも、お父さんの容態は、あまり良くないみたいです」
こう言って表情を沈ませる。
「そうか……。 モンスターに怪我をさせられると、時に危険な所まで悪くなるからの。 こうなると、ケイが居ないのは心苦しい」
「ケイさんが、あ・・どおしてですか?」
「ん。 あの男は、どうやら薬師だけでは無く。 医師としても、凄まじく有能らしい。 オリヴェッティや老人の2人から話を聴くと、そうした技能も優秀とか。 この街では、昨年のモンスターの大横行で怪我人が大勢と出た半島3国の方や他の集落へ、手の空いた医者が往診に行って不足している。 モンスターから受けた傷だから、体内に病巣が出来たやも知れぬからの。 あの男ならば、どうしたら良いか、当たりを付けれるかもな」
「はぁぁ……。 ケイさんて、本当に凄い」
そこへ、聴き取りをされたシャンティが戻って来る。
「あ、ミカーナさん。 私や貴女から主さんが話を聴きたいって…。 後で、呼びに行こうって思ったの」
「うん」
リルマをシャンティへ。 立つミカーナは、クリーミアに。
「あの、後でお話しても良いですか?」
エリーザやタリエと見合うクリーミアだが。
「妾に、か?」
「はい。 リルちゃんをあの集落へ連れて行く時に、私も同行させて欲しいンです。 その、事を話したいので……」
何やら事情が有る、そう感じたクリーミアだ。
「ふむ、解った」
座るシャンティに、また少女や少年が寄る。 シュワイェットのリルマが珍しいからだ。
「オネーチャンも、ミカと冒険したのかぁ」
「シャンティのお姉ちゃんだ!」
「凄い、モンスターと戦ったのっ?」
シャンティからも話を聴きたがる子供達で、話すシャンティは普段へ戻る自分を感じる。
その様子を見ていたクリーミアに、エリーザが顔を寄せ。
「お義母様」
「ん?」
「ミカーナさんは、何か元気がありませんでしたね」
「だな。 親元へ戻ったのに、あの顔は……。 何か、問題を抱えて居るのだろうよ」
「ケイさんは、どうも旅の中でも見抜いて居た様な……」
「あの男の眼は、物事の裏まで見透す。 それに、シャンティやミカーナも、心から彼奴を信頼していた。 もしかすると、何か話したかもな」
「なるほど」
この話を聞いているタリエは、それがすんなり納得が出来た。
(不思議だわ。 確かに、あのケイならば何でも話せる気がするもの…)
ケルビンの見るシャンティは、子供達と話している。 また、彼女の抱くリルマとじゃれ合う少年少女は、とても子供っぽく。 それは、漸く戻って来たのだ、見ていて飽きないクリーミア達だった。
近くのテーブルには、金貨の入った革袋が在る。 5万シフォン相当の金貨で、亜種人の商人達が持ち寄ったモノだ。 モンスターの討伐、森の民の保護、街道の通過に関する労働、Kとオリヴェッティ達への褒賞にと出した。 今、エリンデリンへと戻った行商人達が、仲間の商人へ話をしている。 モンスターの討伐、街道の防衛から壊された野営施設の再建などなど。 その中の1つに、Kやオリヴェッティ達への追加の報酬の話も。 大木の撤去は、まぁ自分達の目的も有っての事だが。 街道付近に現れるモンスターを幾度と退治した事は、とてもとても有難いからだ。
さて、この斡旋所の主は、エルフとエンゼリアのハーフとなる女性で。 特有の能力を持つ元凄腕冒険者だったと云う。 最近、森の南部に在る地下都市から主として転任して来たが。 中々に肝の座る人物で、人の依頼主からでも優遇せずに対等で渡り合うとか。 やはり金を持つ人の依頼主には、過去の主も優遇をして面倒を招いた事も在ると、この辺りでは聴く。
此処で、トイレから戻るシャンティの伯父さんが、シャンティから助けて貰ったとクリーミア達は紹介された。 クリーミア達へ頭を下げる。
「どうも、姪を助けて頂きまして……。 シャンティの父親も、泣いて喜ぶと思います」
「父親?」
クリーミアが問い返すと。
「私は、シャンティの伯父になります。 ですが、シャンティの父親は狩人でして、時に家を空けるのです。 その時は、幼子の頃から私達の所で預かっていまして。 今でも、このシャンティは娘と変わりません」
「なるほど。 助かって良かった。 だが、この娘を本当に助けたのは、顔に包帯を巻いた人間とその仲間の男女だ。 見た目、少し怪しげ・・だがの」
「本当に人間が・・姪を助けたのですか?」
「そうだ。 シャンティだけでは無い。 今、あの膝に居るシュワイェットの娘も。 また、主と今に話しているエンゼリアの娘も助けられた。 それに、我々も、多勢となるモンスターを相手に戦っている時、その者達に助けられた。 悪党ばかりに眼を向けて、人の良い部分に眼を、耳を傾けられなくなった。 本当に、悪しき者の街が壊滅して良かったわぇ」
年配者の物言いとなるクリーミアは、下の階に集まる大勢の冒険者達の事を思う。 街道のモンスター退治から悪党の残党を探す依頼と、新たな依頼に湧いている。 また、悪党と遭遇する危険が大幅に減り、宙に浮いていた依頼も請けるチームが増えた。 半島3国自治領からも冒険者チームが流れて来て、このエリンデリンの街は活気づいている。
さて、それから直ぐに、1度は解散して街に散った亜種人の行商人達も次々と斡旋所に来た。
そして、聴き取りから戻るミカーナは、シャンティと挨拶して。 また、同年代ぐらいの友達を先に返すと。
「クリーミアさん、リルちゃんを向こうの集落へ連れて行くのは、いつ頃に成りますか」
「ふむ、明日や明後日とは行かぬが、4・5日後には連れて行こうと思う。 出来るならば、ケイにリルマへ説明をして貰いたいのが本音だからの」
「では、その時に私も同行させてください。 向こうの集落には、私の祖母や伯母が居ます。 会いに行きたいのですが、1人だと旅が心配なので…」
彼女の本心が解らないエリーザは、何故にもう旅立つのかと。
「あの、ミカーナさん。 お父様の容態が悪いのあれば、どうして?」
応接間は、黒いテーブルから黒い木材の椅子や壁と、趣の在る落ち着いた部屋で。 色ガラスの洒落たランプの多くに明かりが入れられていて、昼間の様に明るい。 そして、もうシャンティや友人達も居ないので、ミカーナは本心を話す。
「実は、私の本当のお母さんは、もう居ないんです。 父は、母の妹となる叔母と2度目の結婚をしました」
ケルビンは、この母親にして、確りしたエリーザと結婚している為か、素直な考えから。
「キミのお母さんは、亡くなっていたのか」
と、思ったままに言った。
これに、ミカーナが首を左右へ動かして。
「それは、違います」
「え? 違うのかい?」
「はい。 実の母は、人間の男性と恋に落ちて、私とお父さんを捨てて消えました。 私も、2年ほど前に他人から教えられたのですが。 最初、父と恋人に成ったのは、今に結婚している叔母だったそうなんです。 然し、私の母は、それが妬ましかったのか。 父を奪う様にして、様々な民が集まり暮らす集落より駆け落ちし。 この街へ来たそうです。 ですが、私を身篭ると、母親としての生活に飽きたみたいで。 吟遊詩人の見た目が美しい男性と恋に落ちて、まだ2歳にも成らない私を置いて消えたそうです」
重々しい話に、クリーミア達4人は驚いた顔に成る。
だが、俯き加減となるミカーナ。
「私、今回の旅で色々と違う世界を見た気がしました。 前々から祖母より、“一緒に暮らさないか”、と言われて居たんです。 そして、その意味が漸く解って来ました。 継母となる義母は、今も私に気を遣い。 まだ、私のお母さんの事を引き摺る父には、ちゃんと向き合えていません。 だから私、向こうの集落に行って、祖母やリルちゃん達と生きて行きたいんです。 父が元気に成ったら、そうしようと思うんです。 体調の悪い父に、この話をしては悪いので。 先に、帰って来れた事を報告と、この想いを伝える為に祖母に会いたいのです。 だから、お願いします。 リルちゃんを連れて行く時、私も連れて行って下さい」
今日に、家へ戻れた少女だ。 怖い目に会い、助かっても長く父親と会えなかった不安も引き摺って居ただろう。
タリエは、先日の集落に居た妊婦となる少女の事も思い出しながら。
「ミカーナ、そんなに早く答えを出していいの? もう少し、間を置いて。 お父さんが元気に成ってから、良く話し合ったら、どう?」
元気を無くすミカーナへ、リルマが寄る。
「ミーア? ミーあ?」
こんな子供でも、他人を心配する心を持っている。 それが嬉しいミカーナだ。
「いえ、寧ろ・・この気持ちを大切にしたいんです。 みんな、子供だから早いとか、子供だから心配とか……。 でも、ケイさんは、違った。 子供でも、正しく前へ進むなら、出来る事を遣らせてくれる。 モンスターと魔法で戦えた事、リルちゃんやシャンティさんと一緒に色々と出来た事。 まだ子供だから何も出来ない訳じゃ無い。 子供でも、出来る事や、何かしてあげられる事も少しは在る。 それを、私はしたいんです」
酷く早く大人へと変わろうとする少女のミカーナに、クリーミアは心配となる。
「ん・・なるほどの。 じゃが、やはり無理をしてはダメじゃ。 ミカーナよ。 あの旅は、万能たるケイや有能なるオリヴェッティ達が居て、成せた。 それを忘れてはダメじゃ」
リルマを見るミカーナの表情が悲しむ。
「ダメ・・ですか」
「ん・・・、やはりケイの力を借りなさい、ミカーナ」
「え?」
「本当の自分の心と、今の自分の在る現実を含めてケイに相談する事じゃ。 今のお前さんは、少し思い詰め過ぎて居る。 家族の問題だからこそ、父親と話さねば。 然し、容態が悪いとなれば、それは出来ぬだろう。 もし、ケイの力を借りれたらならば、より良い形で親子として話し合えるのではないか? 妾も、何人かエリンデリンに住む腕利きの医者は知って居るが。 その全員が腕を請われて半島3国へ行った。 戻らぬならば、ケイに妙薬でも調合して貰った方が回復も早かろう。 旅の間に、色々と彼奴達も儲けていた。 相談すれば、リルマとの関係もある。 あの男は、必ず助けてくれるハズじゃ。 な、ケイに会うてから、その事を決めても良いと思うぞ」
コレには、エリーザも。
「私も、義母の意見に賛成ですわ。 ミカーナさん、命を助けられたケイさんやオリヴェッティさん達です。 もう一度、頼ってみても構わないと思いますわ」
ミカーナを説得したクリーミアは、先にミカーナを家まで送った。 店先で待っていた義理の母親となる叔母に会った時、その複雑に曇った表情から何かを察したクリーミアは、深い知り合いでも無いからとやかく言うのを辞めた。 下手に何かを言って話が拗れると、喧嘩になりそうだったからだ。
で、寝ている父親を診て、顔見知りだった相手だから。
「やはり、お主か。 久しいの、顔を合わせるのは。 だが、ミカーナより聴いたが、ん・・顔色から身体の血色が良くない。 んむ、モンスターから病を受けた可能性が在るな」
伏せる父親は、助けて貰った恩人と紹介されて。
「み、ミカ・なをお助け頂き、ありがとう、ございます」
頷くクリーミア。
「途中より、我々も助けられて同行したまでよ。 本当にミカーナやこのシュワイェットの子供を助けたのは、人間の冒険者達だ。 他に、エルフの少女も助けたその者達だが、本当に凄い冒険者達であった。 今夜か、明日には、この街へ入ろう。 ミカーナより紹介されたならば、その者達へ良くよく礼を申せ。 モンスターをも鮮やかに倒し、森の民の仲間となるフォレスト・ジャイアントも救った。 あの者達は、我々の友人と言っても差し支えない」
「お、おぉ、フォレスト・・ジャイアントまでを……」
「ん。 さ、もう休め。 可愛い娘が、看病をしてくれるだろう。 早く、元気を取り戻すが良い」
「寝た・・ままで、悪く」
「ん、ん、身体を大事に、な」
外に出るクリーミアは、見送りに来たミカーナへ。
「父親があの様子で、生活は大丈夫か?」
すると、ミカーナが頷く。
「はい。 オリヴェッティさんやケイさんが、一緒に戦ったからと途中で得ましたお金の一部をシャンティさんや私に…。 それで、薬を買おうと思っています」
「お、そうか。 もし、急用が有れば、住居塔の8階に妾達は住む。 何でも、言いに来てくれ」
「ありがとうございました」
頭を下げるミカーナの横で、ぎこち無く頭を下げる奥さん。
その、どうとも気持ちを素直に出来ず、出せなさそうな様子に、クリーミアは複雑な関係を見た。
「あの、娘が・・ご迷惑を……」
この出た言葉に、クリーミア達は返って複雑な心境となるが。
「いやいや、立派な娘じゃ。 一緒に戦った事、共に旅が出来た事に感謝しかない。 何とも優しい、 良き娘じゃ。 では、夫を守っておやり」
流石に、年配者のクリーミア。 余計な事を言わず、こう言ってリルマを連れる。
「み〜ア、ミーア、はいはい、はいはい」
手を振るリルマが、ミカーナへ笑う。
その様子を見るエリーザやタリエは、自分達よりリルマが立派と思えた。
さて、シュワイェットの子供を連れたクリーミア達だ。 殆ど、・・いや。 ほぼ見る事の無いシュワイェットの子供だから、通りすがりの住人にも見られる。 また、同業者の冒険者からすれば、驚きとなり。
「クリーミアの姐さん。 その子は、シュワイェットか?」
通りすがりで、ドワーフの若者から声を掛けられた。
「そうじゃ。 珍しいか?」
「あた、当たり前だっ。 40年生きて、初めて見た」
「そうか。 まぁ、孤児(みなしご)だからの、妾が東南の集落へ連れて行くのじゃ」
「あ〜、なるほど」
また、狩人となるエルフの母娘からも。
「クリーミア。 何で、シュワイェットの子供を?」
「クリーミアさん、保護したの?」
この街に住むのと、長生きしている手前から顔見知りは多いクリーミア達で。 何度も話し掛けられると、やはりウザい。
呼び止められること6度目のやり取りを終えてから、漸く“住居塔”なる区域へ入ると。
「ふぅ。 旅中で話し掛けられたオリヴェッティ達の苦労が、こうも話し掛けられると此方にまで身に染みるわぇ。 度々に質問されては、妾達が悪人の様だの」
笑うエリーザで。
「悪い事は、何もしていませんわ。 お義母さま」
だが、ケルビンも質問したい気持ちは解る。
「ですが、我々が逆の立場となれば、やはり質問はしたいかと。 亡き父が生きて居たら、飲み屋へ誘って経緯を根掘り葉掘り聴いたでしょうな」
確かに、と思うクリーミア。
「話好きの夫だったからの、それは間違いない」
此方の住居塔へ来ると、家の犇めく様子は同じでも。 木造の家、煉瓦造りの家、石造りの家と様々な様式の家が見える。 そして、地下1階の中央の噴水が有る公園に行くと、そこには窓や塞ぐ形の壁が無い東屋の造りとなる石造りの八角形をしたモノが有り。
「さ、リルマ。 コレに乗るぞ」
魔法で移動する昇降陣の床だ。 下へ、スゥ〜〜っと降りる時、リルマがプルプルと震えた。 初めて目にするこの床を、降りるや警戒して突っついたりする。
「大丈夫じゃ、怖いものでは無い」
その警戒した様子がとても愛らしいのか、エリーザはリルマを抱き上げて。
「はぁぁ、可愛いですわぁぁーっ」
と、擦り擦り。
それでも興奮したリルマは、去る中でずっと床を睨んで居た。
タリエも、そのリルマが可愛く。
(はぁ、私も子供が欲しいかも…)
と、誰かの事を思い浮かべてしまうのだった。
*
多分、誰も想像が出来ないだろうが。 クリーミア達より2日を遅れて。 朝、Kとオリヴェッティ達がエリンデリンへ来た。
さて。 エルフやドワーフやホビットと云う亜種人が集まり地下に築いた街は、この森に数箇所も点在するらしい。 だが、K達が向かった地下都市エリンデリンは、森の中央では驚きの場所である。 街道の行き着く森の中の巨木の根元や大地の段差に有る場所に作られた、明らかな人工的な細工が天然の洞窟に施されたモノなどが、その街への入り口であり。
横に広く大きな巨木の根に包まれた7色の光を仄かに放つ壁をした洞窟を見て。
「おい、これが入り口か?」
と、尋ねるクラウザー。
「はい」
返事をしたのは、天使種族と云われるエンゼリアの娘である。
以前、この大森林地帯の中を行く旅で、エンゼリアの狩人の親娘(おやこ)となる2人に会った。 昨日にあの娘が、オリヴェッティ達へ追っついて来た。 取り分け少し大人びた女性の色香も見えるこのエンゼリアの娘は、ロアンナ。 父親が採取したモノの一部を売ろうと、集落の者の操る馬車にて一緒に来ていた時に、街道からKとオリヴェッティ達を見て声を掛けて来た。
で、何故に、こうなったか・・と云うと…。
もう目と鼻の先となるエリンデリンへ行くのだ。 Kも、楽な旅になろうと思ったのに、だ。 あのKが始末した大人数の悪党達は、Kを殺す前にと旅人や冒険者の女性を狙って動いて居たらしい。 少し南へ離れた集落へと逃げ込んだ彼女達は、大勢の者と悪党狩りを始めたとか。 で、コレにKやクラウザーやビハインツが眼を付けられた。
説得に少し時を要し、壊れた野営施設の前にて話し合う。 そこへ、あの巨木の1件で世話に成った集落より、知り合いと成った者が来ては。 K達を見付けて、親しげに寄って来る。 で、どうでも良い擁護する長話が始まり、真面目な性格のルヴィアやオリヴェッティが付き合う訳で。 とことんバカらしいと、疑われた張本人のKは空腹となったリュリュに絡まれて採取に消える。
で、本当に2日も遅れてエリンデリンへ来た訳だ。 少し離れた集落のエンゼリアの女性でロアンナと、彼女と似た年頃となる褐色と云うか、少し浅黒い肌となるエルフの姿となる若い女性は、ロアンナと肩を並べるまま。
「元は人間が悪いけど。 悪くないのに間違われるのも、まぁ大変ねぇ」
後ろを歩くKは、洞窟となる入口より街への通路に入りながら。
「全くだ。 その悪党達を束ね様としていた商人達をも捕まえてやったのに、疑われて丸1日も足止めとは、バカらしくて呆れるしかねぇ」
馬車より降りて連れ歩く大柄のドワーフの年配女性は、身体に縛った様な革の鎧を小さい音ながらギシギシと言わせ。
「まぁ、悪党達から我々、森の民を守って護衛したんだ。 疑いは、どの道に直ぐ晴れたさ」
案内をするエンゼリアの若い娘ロアンナは、明かりにて視界の良い洞窟に踏み込んでから直ぐに明るくなる天井を指差し。
「この入り口となる洞窟の壁や天井には、古代から伝わる技法で生み出される天然の照明が入ってます」
入った一行の目に映るのは、黄色や青白く光る何かが嵌め込まれた四角い透明なもの。 煉瓦で作られた壁の所々に、その照明は嵌め込まれていた。
その様子を眺めるクラウザーは、もしかすると・・と。
「おい、カラス。 これって…超魔法時代の技術じゃないか?」
後から続くKは、4・5人は余裕を持って並んで歩ける洞窟の幅を眺めながら。
「いや、これは、それより更に前から在る、初歩的な発光生物を利用した照明の物だ。 魔法で閉じ込める技法じゃないから、2ヵ月…3ヵ月ほどで中の発光植物が死ぬ。 その為、短い間隔で取り替える必要が生じるんだ」
「“発光植物”だと?」
器の外側が少しボヤけて中が良くみえないので、クラウザーが見詰め。
また、生命オーラより何となく理解したウォルターが。
「ほぉ~」
と、頷く。
歩く洞窟内の回廊。 その壁の中の所々で光る淡い半透明の入れ物。 煉瓦で出来た壁、天井に埋まる入れ物は、硝子なのか。 それとも、曇った水晶か。
通路となる洞窟を歩きながら、時にその光る入れ物を見たビハインツ。 淡く曇る先に、黄色く光る物を見て。
「キレイだな~。 こんなに光る植物が在るのか」
リュリュも面白そうに、見える高さの物を歩いては覗いている。
「こっち黄色~。 こっち青~。 わっ、こっちは、いろんな色~」
こう言ったリュリュに付いて行って不思議そうに明るい壁を見ているオリヴェッティ。
そのリュリュやオリヴェッティを見て、Kはゆったりとした口調にて。
「恐らく黄色いのは、ランプ草の一種だな。 チラチラと白く光るのは、ヒカリゴケの一種。 白と黄色に点滅するのは、ヒケリタケの一種。 青いのは、極まった場所に生えるヒカリゴケや夜光草や蛍シダ。 赤く光るのが、炎光タケか、火炎草の花。 彩り様々に点滅するのは、七色鈴蘭だろう」
「わぁ~、いっぱい」
様々な色に光る。 リュリュは珍しいと、一緒になるオリヴェッティと注目する。
見た目に、中がハッキリ見えないと云うのに。 中身の光る植物を言い当てたKには、ロアンナが驚いてしまう。
「スゴイですっ。 ケイさん、全て当たってますよ」
然し、全くどうでも良さそうなKだ。
「ま、こんな中に入れ易い発光植物は、その種類の中でも限定される。 それを色に当て填めただけだ。 さ、奥に行こう」
歩き出したKの前で、光にはしゃいで歩くリュリュ。
一緒に歩くロアンナは、Kを不思議そうに見ている。 自分の説明が全く要らないので、なんと物知りな人物かと。
また、友人と云う、褐色肌のエルフとなる若い女性僧侶“トゥーヒァ”も、説得をする間を与えない知識を見せるKに驚く。
「さ、流石は、凄腕って言われる奴ね」
やはり、これまで人間に強い警戒心を持って来たのだろう。 言い方は、少し荒めなニュアンスが含まれる。
全く足を止めないKが、先頭に出た。 後を歩く皆は、その様子を前にしつつ。 光る壁の一部一部を見ていた。
幅広く、普通よりずっと長い、一段・二段の上がり、下がりとなる石造の道を越え、右曲がりで下る階段に当たり。 その階段を見下ろせば、外に出るかと思える様な明るい光が見える。 この段差にも、馬車の車輪が通せる段の無い、坂の部分が有り。 後から続く荷馬車も、すんなり通れる。
その気配りを見たウォルターで。
「ふむふむ。 傾斜の道も同居して、その傾斜の角度に細かな差。 下りの角度を甘く、上りの角度を苦しくさせない工夫か。 人の行く階段の微かな傾斜も、それに合わせてのモノとは。 いやいや、建築の基本として人や馬車への配慮が出来ておる」
建築家としても天才と謳われるウォルターだ。 その初めて見る建物の様子に、新たな発見を感じていた。
前に成ったKが。
「地下都市に、荷馬車は必要ながら邪魔ともなる。 階段や段差で躓かれたり、立ち往生しては、後からが詰まって大変だ。 何千年も続いた都市だから、大概の面倒は克服しているさ」
「ん、確かに確かに…」
「さて、エリンデリンの街中に入るぞ」
言ったKの後に続いて、一行が階段を下りて光の中へ入った。
「なんと・・」
昼間のごとく明るい天井を見上げたクラウザー。
同じく見上げたオリヴィッティ。
「まぁ、美しい・・。 光の魔法が閉じ込められたシャンデリアですわ」
だが、辺りを見るビハインツは、後ろから来た小人のホビットにぶつかり。
「あ、スマン」
出入り口となる階段から離れて、前に出るルヴィアだが。
「これが地下・・。 なんと広いフロアだ」
目の前を行き交う亜種人達の波。 賑やかな喧騒、何台と無数に通る荷馬車に、冒険者らしき姿の亜種人達すら頻繁に見える。
驚くルヴィアへ、ロアンナが。
「凄いでしょ? 此処が、世界でも有数となる亜種人の街、エリンデリンです」
その見た目にして、馬車が横に三十台以上は楽に並べる幅となろうか。 降りた場所から、左右に円形で伸びるエントランスの間。 其処を行き交う亜種人の数は、大都市のメインストリートと全く変わらない。
すると、先にエントランスへと出ては、後から来た荷馬車の為に道を空けたKが。
「このエリンデリンは、超魔法時代以前から残る古代都市の一つだ。 この中立大森林地帯の中心付近に在り。 海側の中立三国とだけ深い交易関係を結んでいる」
ウォルターは、天井に光る巨大シャンデリアを見上げながら。
「この天井の技術は、古代技術なのだな。 超魔法時代の産物なら、殆ど壊れてしまっている筈だからの…」
「そうだ~」
言ったKに続いて。
「そ~だぁ~」
と、真似るリュリュ。
やや磨り減りの目立つ煉瓦の床、壁を見回したウォルターは、賑やかなこの空間にも歴史が感じられると。
「こんな街が、まだ見ぬ世界に存在しているのか。 まだまだ、人生は楽しめる」
多種族がザワザワと行き交う、このエントランスロビー。 降りたオリヴェッティ一同が珍しげに見た。
さて、ロアンナが持ち込んだ物を売るべくして、親戚のやっている店に向かうべく。 “異種族・商業街”と、魔法遣いならば解る古代語で、古びた木製アーチが掲げられた階段へと入っていく。
海側の三国以外は、今回で初めて来たとクラウザー。
「いや~、凄いな。 人の作る街と、此処も賑わいが変わらない。 カラスと居ると、固定概念が持てんわい」
隣を歩くウォルターも、また。
「“生きるる者が その栄華の息吹を宿す 街創り” この古代の詩の通り、人でなくてもこの賑わいは必用なのでしょうな。 いやいや、何とも、ただ・・ただに素晴らしい」
エントランスには、三方へと大きな下る階段が在る。 一段一段の階段が大きく、荷馬車を降ろす斜面と並行の道に合わせて階段は緩やかだ。 商業施設の集まる商業塔へ向かうと、細かい階段があちらこちらへと見えて、なるべく大きい階段の壁側沿い。 その壁の中に存在する武器屋などを見て、Kが曰く。
「この街で生み出される武器や防具の一部は、大地や炎と云った精霊の息吹を込められた。 所謂、“魔法武器”と呼ばれる物も生み出される。 特殊な材料、長い時間の掛かる制作期間から、その値段はハンパ無く高いが。 その加護は、冒険で良く役立つ」
だ、そうな。
一段一段が長く、緩やかな下がり形をする階段にて。 店先の武器や防具を見るルヴィアが。
「“役立つ”・・。 例えば?」
「例えば、炎の力が篭る防具は、仲間に自然魔法遣いが居れば。 余程の極地でない限り、その者へ炎の魔法の使用を許す。 更には、北の大陸の冬に吹き荒れる吹雪の中でも、鎧の保温熱で凍死も免れる」
「す・凄いじゃないか」
正に、オリヴェッティと云う自然魔法の遣い手が仲間だ。 ルヴィアは、手が出るなら是非にも欲しい逸品である。
その内心を見透かしたKは、
「ま、そんな武器・防具の数は、この都市に沢山と存在する店の中でも、極僅かな一握り。 然も、値段すら銀製品の様な良質の武器・防具の、ザッと見積もって100倍ぐらいするがな」
「ひゃっ・百倍・・か」
かなり驚くルヴィア。 店先や内部の陳列を見回し、その事実を確かめ始めた。
(銀製品の武器や防具すら、普通の鉄製品の物から比べると、安物で倍。 良質な材料を使って名工が造れば、数倍以上の値段だ。 その百倍近くなんて、誰が用意の出来る値段なのだ? だけど、ま、み・見るだけでも…)
一方、其処までまだ頭が回ってないビハインツは、確かに使えると分かり易く探し。
「効果が確かなら、それは凄い装備だ。 何れは、そんな至極の一品を手に入れてみたいな」
その2人に、Kは続け。
「それからこの街は、金や銀を主とした鉱山の上に在る。 硬質物の塊をある程度取り出した後の空間に建てられている。 だから街の地下には、ドワーフやホビットの独占支配された地下鉱山が存在する。 その掘り出される鉱物の中でも特に、金と銀を好む彼等で、ホラ」
と、店を指差し。
「金製品は、非常に多く取り扱われている。 彼等と交易をする自治領の三国は、貴金属系の商品は特に金製品の売買を主軸に儲けているらしいな」
仲間一同、Kの言葉に誘われる様に、全ての店先に注視する。 すると、武器や防具を含めた持ち物への金細工加工、家具などインテリアに施す金加工、そして金のジュエリーと。 金の加工を請け負うと云った看板をよく目にする。 この事からも、Kの云っている事は本当に事実らしい。
さて、階段を下る事で解る事だが。 エリンデリンの内部構造は、基本的に巨大な六角の形をした地下街らしい。
階段を歩くオリヴィッティは、内壁の様子を眺めながら。
「この店が埋まる壁の縁に沿う階段は、規則的に20段ほど下っては。 六角の壁際一面を並行に廊下として伸びますのね」
その感想に、時に父親とこの街へ長逗留する事も有るロアンナが嬉しそうに。
「良く出来てますでしょ? 平行な廊下の場所には、地下深くから、上のエントランスロビーまで登り降り出来る“移動する床”が在るんですよ」
それを聞いたビハインツは、楽をしたかったと思い。
「なら、それを使えば早く降りられたんじゃないか?」
と、呟くものの。
「なら、内部の案内は不必要だったな」
こうKに言われ。
また、街を観る事に興奮を覚えるルヴィアからは。
「いやいや、最初は足で歩いて、内装構造を把握した方がいいだろう。 後で探索すると歩いて迷子に成っても、知るか知らないかじゃ、偉い差が出る」
オリヴィッティは、ロアンナや僧侶のエルフとなるトゥーヒァが紹介したがっていたのも考慮していたから。
「珍しい場所ですから、今のうちに良く見ておきましょう。 ・・あら、何てお高い剣かしら」
武器の店を見る。
(確かに、安全ならそうだよな)
自分の軽はずみな発言をちょっと悔やむビハインツ。 物珍しいと、高価な宝石物ばかり見るリュリュもまた。 今が楽しいと、全身で表現していた。
さて、階段を降りて去る時、小柄な小鬼族の亜種人が馬のしたフンを大きめの木ベラで取り上げ、階段上の木箱に放り込む。
それを見たクラウザーで。
「大したモノだ。 衛生管理も、住民がしている」
振り返ったエルフの僧侶トゥーヒァは、
「と云うか、あれはフン虫業者だよ」
と、言う。
そこへ、声だけにて。
「そら、街中で道草を食うな」
促すKより続けて。
「この大都市エリンデリンは、地下の浅い部分で大規模な農業もしている。 地上で遣らないのは、森を少しでも傷付けたく無い精神からだ。 で、人や亜種人の出す排泄物から残飯は、農場に集められて肥やしにされる。 その時、最も重宝するのがフンだ。 フン虫という虫にフンや乾燥させた汚物を農地へと埋めさせ、その上に腐葉土なる土を盛って畑とする。 詰まり、大地から土を搾取せずに、残飯と枯葉で発酵させた腐葉土を使うのみ。 “反射光、光配向技術”と合わせて、人並みに立派な農業をするンだ」
簡潔にして隙のない説明に、ロアンナやトゥーヒァと一緒に来た亜種人の歳上商人は、何とも知り尽くすKに驚いた。
少し背の低いトゥーヒァは、Kの前へ進み出て。
「お主っ、この街の出身では、ホントに無いのか?」
「一応、これでも学者だからな。 こんな珍しい場所は、以前に来た時には一通りに見て回るさ。 観察のし甲斐が有る」
また、ウォルターからも。
「“反射光・光配向技術”か。 日当たりの悪い場所や、比較的に浅い地下で使う、陽射しの照明技術ではないか?」
「だな。 ウォルターには、その説明は不要だろうが。 他に教えておく。 外の穴から陽の光を取り込み、鏡の反射を利用して地下や日照条件の悪い場所へ陽射しを取り込む技術が、反射光・光配向技術だ。 広くとも、個々の建物で明かりを灯せば良い街とは違い。 農場は、地下でも取り分けダダっ広い。 そこへ光を照らすとなれば、普通の照明を使うとなれば、とんでもない費用が嵩む。 それに、日昼の間だけでも陽射しを取り込めれば、植物はまぁまぁ生育するからな」
これに、ルヴィアから。
「然し、この深い森の中だ。 陽射しが大地に射し込むまで、それなり待たねば成らず。 夕方も早かろう?」
「おいおい、5年や10年前からの事じゃねぇ。 それなりに知恵を遣う」
「と、云うと?」
「朝に成った頃から、外の特に高い木に取り付けた複数の固定した反射鏡で光を取り込む。 陽射しが見上げるまで昇るまでの間は、そうして陽射しを取り込み。 上がって傾く間も、大きな縦の抉れた岩山に嵌めた大鏡を操作して陽射しを取り込む。 抉れた大穴に陽射しが入らなくなれば、朝に使って居た鏡を逆向きにして陽射しを取り込む。 食料調達の問題は、どの都市でも死活問題。 永らく栄えた都市に、そんな事で窮地になるまで手を拱きながら存続なんかしやしない。 亜種人は、自然と共生しながら生きて行く事に関しては、とても頭が良いからな」
この褒め言葉に、商人の者だけではなく、ロアンナからトゥーヒァまでニコニコして喜ぶ。 Kほどの識者から褒められるのは、とても心地の良いものだ。
混雑を避けた形で、側面の迂回路から商業区域の大通りに回ったK達。
「それ、品物を売るンだろ?」
オリヴェッティ達が一緒でなければ、街の入口で別れていた彼等だ。
Kから言われて、ロアンナが混雑する通りの向こうを見て。
「アッチです。 売りましたら、斡旋所へご案内しますわ」
さて、道すがらにオリヴェッティがKやロアンナ達へ、この街の全容を問うと……。
この街は、幾つかの六角形をする塔が地下に建設されて成り立つ。 今、オリヴェッティ達が居るのは、商いの中心で有る“商業塔”。 更に、娯楽、文化、憩い、の施設と、宿屋から飲食店が入る“万人来楽の塔”は、最も広い構造をした隣り合う塔らしい。
その他、この地下街エリンデリンを管理をする“行政塔”。 地下に眠る鉱物を掘ったり、発光植物等を栽培したり、食料を飼育・栽培する“資源塔”。 住民が住む“居住者塔” 他、よく内容が明かされていない塔も在る。
この内、先に紹介した2塔は、六角の一辺がそれぞれ隣り合う様にくっ付き。 “商業塔”と、“行政塔”。 “万人来楽の塔”と、“居住者の塔”は、それぞれ隣り合う形らしい。
ロアンナが売却を済ませると、彼女とトゥーヒァだけを伴ってオリヴェッティ達を案内する。 他の商人は、知り合いに会ったり、仕入れを見て回るとか。
さて、その塔と塔の間を繋ぐトンネルの通りに入ると。 その天井にも、ガラスか水晶に封じられた発光植物が、暗闇を作らせない様に光を発している。 こんな所でも、人相の良くない亜種人や人間は居るものだが。 その広いトンネルの中の人通りは多く、軽々しく因縁を付けれる雰囲気は無い。
「斡旋所は、商業塔と行政塔の間で、この地下6階に在るんですよ」
そう案内してくれるロアンナへ、発光植物を見るウォルターが。
「そうか。 処で、この照明に使われている発光植物と、その閉じ込めている技術は、本当に古いマジックモニュメントの技術では無いのかね?」
と、再度、問う。
だが、ロアンナはその知識を持って居なく。
「良く解りません。 発光しなくなると、ドワーフやホビットの管理の方が交換してくれますけど」
「ふむ」
すると、聞く相手が違うとばかりにクラウザーが。
「なら、カラスに聞こう」
と、云ってから。
「で?」
と、Kに話を振る。
他の亜種人とのすれ違う中、半目のKだが。
「さっきも言っただろう?。 マジックモニュメントの技術じゃないさ」
「然し、土から離れても良く発光し続けられるな」
「ま~な~。 農業塔で、鉢植えで育てた発光植物をな。 無害な家畜スライムの表皮に埋め代え、この入れ物に入れて枠と成ってるこの壁に嵌めているだけだ。 そのスライムの皮は、保湿能力が高く。 一緒に繁殖する菌が空気の浄化を行うからよ。 冷たい石の煉瓦に嵌める事で、内部の冷却もしている様だ。 それに、この手の植物の種類は、極地や秘境で育った種だから、どうも長い間に花を保たせたり。 個別にすると、他の菌の繁殖を抑えたりして長く生きる。 発光菌類の方が、2年ほど生きる事も有ると聴いたが。 花は、やはり1ヵ月から保って3ヶ月ほどだろうさ」
「魔法のマジックモニュメント技術とは、何がどう違うのだ? 我が、友よ」
「違うも違う。 根本が違う。 マジックモニュメントの場合は、水晶を使って時を魔法で止めて込めるから。 その持続時間が、飛躍的に違う。 マジックモニュメントの方は、魔法で時を止めた中だから何百年から何千年だ」
ウォルターは、魔法の無限の力に感歎するかのごとく。
「おぉっ、何と果てしない違いだ・・。 今の我々では、到底に不可能な事だなっ。 エクセレントっ、実に、実にエクセレント!」
彼のオーバーな表現には、今ではリュリュぐらいしか喜ばないが。
魔法の力には、同じく感心したルヴィア。
「確かに、素晴らしい力だ。 その秘術は、全く今に残ってないのか? ケイ」
「初歩と云うか、基本的な超魔法の旧い形は、今でも残っている。 だが、超魔法時代に入った頃の形式となる魔法は、超魔法時代の崩壊と共に殆ど全てと言える程に消え失せた」
「今に伝わる歴史と同じ、だな」
「当たり前だろうがよ。 そんなモンが残ってたら、先ず貴族が黙っちゃ於かないさ。 超魔法の恩恵を受けて、威勢・権勢を欲しいままにしたんだからよ」
「ん。 それも、そうだな」
それが詰まらない事だとばかりに、Kは余所見をして。
「時の概念を歪めて、時と云う物を止める魔法が、超魔法時代の滅びの原因を作ったんじゃないか~?。 アホな魔法遣い共は、その秘術の所為で世界に深い傷を残した…。 俺が思うに、まだ人間にはその技術を遣う資格が無かった。 その代償が、技術の滅びなんじゃないのか?」
Kの語る話に、ウォルターですら完全にはついて行けなかった。 超魔法時代の事がどうなのか、皆はその理解すら良く解っていない。 Kの語る意味が何なのか、正しいかどうかも判別する知識が無い。
ルヴィアは、Kの存在すら謎めいてい過ぎだと思う。
トゥーヒァと共にKと歩くロアンナは、超魔法時代の歴史的な考察をするだけの知識を持つKを見返して。
「ケイさんは、まるで賢者の様な知識を持ってるんですね」
語って於いて、素知らぬ顔のK。
そんな彼の代わりに。
「そ~だぁぞぉ~」
と、ふんぞり返ったリュリュ。 ブルーレイドーナの子供が、Kを讃えていた。
オリヴェッティやクラウザーが笑えば、皆も自然に笑顔となる。 リュリュをチラ見だけしたKは、どの道を往くかに目を移した。
さて、地下街の各塔には、三階ごとに各塔と繋がるフロアの階が設けられていた。 その繋がる太い回廊には、古書や有料で色々な情報を教えて貰える“知識の館”だったり。 冒険者協力会の斡旋所だったりが存在する。
その回廊の一つ、行政塔に抜けるトンネル通路の片側には、壁の中に吹き抜けで酒場が広がっていた。 かなりザワザワと賑やかな喧騒がしていて、人ではない姿の多数となる亜種族の溜り場の様になっていた。
天井に、薄紫色から黄色、青色、黄緑色となる様々な色のガラスのランプが並ぶ酒場。 その中を見るクラウザーは、亜種人の坩堝(るつぼ)を見る。
「なるほど、流石は亜種人の街だ。 エルフ、ドワーフ、ホビットにダークエルフは、まだ目に見て解り易いが。 見慣れない者や、人に酷似した者も居るな」
クラウザーと共に見る一行へ、Kが一応は・・と。
「白い肌をして、耳や鼻が特徴的に尖ったり、長くなるのは、天使種のエンゼリアや森の民エルフだが。 褐色の肌にして小さく扇形となる耳、少し鷲鼻に近くなる者は、洞窟に住まう民と呼ばれた〘クシュリム〙だ。 女性が少なく生まれる種族で、この辺りでも殆ど男しか見掛けない」
説明する前に言われたロアンナは、珍しい亜種人の事も良く知っていると。
「まぁ、クシュリムさんの事も解りますの?」
「まぁ、な。 北の大陸にも、亜種人の街は有る。 そうした所へ行けば、この街の様に人以外の民を見る訳だ」
初めて目にする種族も多いオリヴェッティ達。 ルヴィアですら、エルフやドワーフやエンゼリアは知っていても。 今回の旅で、リーファ=カエロやアマゾネスには初めて会った。
仲間の会話に合わせたKより。
「ほれ、あの岩の身体をしているのは、ロックホーントと云う希少種族だろう。 向こうの黒い鱗のトカゲの姿をしているのは、南国にしか居無い種族のリザードマンだ。 また、耳が水色のエラをして、足や手に鱗が見えるのは、人魚(マーメイド)種の血を引く者だ。 背中に翼を持つのは、この辺りだと鳥人の〘ケ・ライノー〙か、〘オキュペティエ〙だ。 青い鮮やかな色彩の羽根だがら、オキュペティエだろうか」
以前、クラウザーの弟子だったウィンツなる者は、この鳥人の一種となるハルピュイアの娘から愛された事は描いた。 その仲間は、他に2種が居ると云う。
クラウザーは、ウィンツを思い出して。
「ウィンツも、隅に置けないな。 あんな美しい亜種人に好かれるンだから」
「だな。 然し、こう観ると……かなり珍しい亜種人も居るな。 シュワイェットと同じくらい珍しい亜種人の1つは、あの乳白色の髪に花を溢れさせる者だ」
ビハインツ、ルヴィア、オリヴェッティに、リュリュまで窓から注目する。 その人物は、若い見た目の女性だ。 長くクセとなる乳白色の髪を背中や身体の周りへ流していながら。 その髪からは、様々な花が茎や葉と共に蔦の如く髪に纏わり着いている。 とても円で瞳が大きめ、鼻は小ぶり、唇は薄くて少しおちょぼ口の様だ。 然し、背はルヴィアと似たり、草花を模した様なドレスローブを纏う様子からして魔術師らしいが…。
ロアンナは、その女性を見て。
「あの方も、亜種人の1人ですね。 植物の民とエルフの民の中より生まれたエリーフノーテルの方です」
頷くKからも。
「以前、旅の中で会っただろうが。 植物の色をした肌に葉を頭から生やす背の高い種族の〘リーファ・カエロ〙。 あの種族とエルフの間から生まれたと言われるのが、あの〘エリーフノーテル〙だ。 然し、どちらの種族とも交われないから、本当の処はどうか解らない。 自然の中で無いと長生きは出来ないが、同じ姿の子供を残せる人間へは、信頼されるやとても友愛性を見せて来る。 森を愛して、食生活が菜食へ偏り、とても定住性が強い反面。 一途で、愛情を主に愛欲が強く。 妻とすると、裏切らない限りは末永く付き合える者が多い。 服を脱ぐと解るが、背中や脚の裏側が樹木の皮の様な皮膚をしている」
ルヴィアは、この詳しい話の内容には、とても強い引っ掛かりを覚え。
「何で、そこまで知っている? ま、まさか……」
意味深に横を向くKで。
「深く聴くな」
何となく察したリュリュは、ニヤニヤと笑って。
「食ったぁ、食ったぁ」
そのリュリュに軽く拳を落として黙らせるK。
「ぎゃん」
直ぐにオリヴェッティへと逃げるリュリュ。
無視するKは、皆の不思議そうな。 また、ルヴィアから敵意の籠る視線も貰いながら。
「どの亜種人も、見た目は人とそれなりに少し違うが。 皆、その内面は人間と大して変わらない。 容姿だけで見下して見ると、とんでもない竹篦返しを喰らうぞ」
眉間にシワを作って睨むルヴィア。
「非道な事をして生きてきた御主が、そんな事を言うのか?」
覚めた物言いにて、Kはすんなり。
「一般論だ。 俺の個人の過去を基準にするな」
「なっ、何といい加減な"っ」
皆の視界の中では、〘ノーメン〙と呼ばれた小鬼の様な容姿の小型亜種人がリーダーをして、仲間の亜種人と今後どうするのか話し合う様子が見られる。 リーダーを誰がするのが、その区別も種族間ではあまり無いらしい。
エリーフノーテルの、女性としての肉体の艶めかしさに眼を奪われるビハインツで。
「なぁ、ケイ」
歩き始めたケイが軽く横を向き。
「何だ?」
「あの植物の髪をした女の亜種人は、凄く見た目が綺麗だけど。 あの、身体で・・大人なんだよな」
「だな。 エリーフノーテルは、エルフよりも人間として成熟した女らしい身体となる。 胸や尻が立派となり、亜種人に抵抗の無い者から求められる事も少なくない。 脱ぐと、本当に凄いぞ」
“脱いだら本当に凄い”で、妄想するのか。 ボーッと眺めるビハインツの頬をルヴィアが押す。
「前を向け」
「は、はい…」
Kの後ろに付くウォルターより。
「あの人魚の民とは、有名なマーメイドでは無いのか?」
「厳密に言うと、近縁同種だ。 だが、マーメイドの純粋種の民は、海から離れて生きられない。 あの種族は、人間の悪意が絡んで、その結果の末に人へ強く傾倒した者の血となる。 説明すると長いから、簡単に云うとそんな処だ」
何でも知ると驚くトゥーヒァは、前に出てKを見る。
「貴方、亜種の民の全てを知るのね」
前を見て歩くK。
「全てを知るかは、解らない。 だが、まぁ亜種人とも良く仲間を組んだ事も有るからな。 学者の気質として、そんな時は色々と話を聴きたがるのさ」
「でも、私達より知ってるみたい」
「って言うか、この森からお前さん達は出ないだろ? そうなれば、知識もこの森に限定される。 だから、だ」
「う"〜〜ん」
ルヴィアが、その酒場への出入りする亜種人の様子を眺めながら。
「北の大陸は、人間の支配率が非常に高いらしいが。 東の大陸は、亜種族との共存は当たり前の様な認識だ。 海側に点在する島々には、多様性種族が散らばって住み着いている大陸だからな。 この光景も、大して不思議な事ではない筈なんだが…」
然し、その多様性を極めた種族の集まりに、ビハインツは目を見張り。
「だが、こんなに色々な種族を一同に目にするのは、やはり驚くばかりだよ。 種族の坩堝(るつぼ)だな、こりゃ」
すると、先陣を切る様に反対側の壁の中に広がる斡旋所へ踏み出すKが。
「此処では、特に当たり前の光景だ。 エグゼントの海岸に在る各自治領国家は、この種族の多様性を寛容に受け入れて来た歴史が在る。 迫害されて来た種族も在る亜種人には、この無法地帯エグゼントは文字通りの楽園さ。 それに、悪党の支配していた国境地帯を通ってきたが、悪党に加わる亜種人は非常に少ない。 この亜種人は、神か、悪魔に作られた純粋種。 若しくは、人と交わって生まれた混血種の何れかだが。 人の様に、欲望と悪意が強く鬩ぎあう思考になかなか至らない。 基本的な生活が護られてる環境だと、道楽や趣味や仕事に没頭する方が幸せだと強く感じる性分なんだ。 つまり、悪魔側と神側の両方の恩恵を受けた唯一の種となる人間ほど、欲望に純粋で悪意に傾倒し易い一面が在ると云う証だ。 ダークエルフや、魔人(まびと)だって、迫害や暗黒の力と云う悪意を吹き込む出来事が無い限り、人間を超えて悪さはしないんだ」
「なんだか、人間が一番悪いみたいだな」
と、ビハインツが問えば。
「全く、歴史の認識がほとほと足りないな。 過去の歴史の本を読んでみろ。 人間ほどに心を腐らせ、汚い事を平気で仕出かす種族は、悪魔以外の他に居無い。 過去の亜種人に因る叛乱に然り、悪意有る画策に然り、だ。 その原因の根っ子の始まりは、人間の支配の比率が高過ぎて異種族を直ぐに受け入れない潔癖な感性に在ると言って間違い無い。 見た目が違う、文化が部分的に違うってだけなのに、な」
云われて何も、何も言い返せないビハインツ。
語ったKは、一人せせら笑う様に。
「あの神と悪魔の大戦で、最終的に神が力を貸す前に。 滅ぼされようとする人を哀れと思い、人間へと味方した異種人種族が一体どれだけ居たか。 だが、今ではその種族の殆どが、人に圧されて生活圏を奪われ。 挙句に、時には言われ無き迫害や非難を浴びてるか・・。 人狼の民の大元となる〘天狼族〙、蜂の姿をした〘ヘヴンホーネット〙とも云われた岩喰い蜂、天空の歌姫達である〘ハルピュイア〙などもそうだ。 あの大戦で人に加担した神の生み出した種族を、全て秘境の片隅に追いやってるのは・・誰の仕業でもなく。 世界を支配している人間さ」
と、最後に何も言わずリュリュを見る。
「?」
自分を見返すリュリュだが、過去には神竜の子供にまで手を出した人だ。 思い上がると、その欲望や暴挙にキリが無い。 しっぺ返しを喰らっても、犠牲に泣き打ちひしがれても、中々に過去を反省しない人の歴史は、現実の物として残っていた。
Kの言葉を受けたルヴィアやビハインツは、確かに違和感を覚える。 この無法地帯だけに、こんなに異種族が押し込められている。 まるで、逃げ込んで隠れているかの如くにすら見える現状に、人間の持つ理不尽さを深く考えてしまう。
然し、黙り込んだ一行へ、ロアンナから。
「でも、皆さんが助けてくれなければ、あの助けられたエルフやエンゼリアやシュワイェットの少女達は、命を持って街へ帰ってませんでしたわ。 半島3国の方々、魔法学院政府の方々、そうした人が認めてくれなければ、この無法地帯にこんなに多様を極めた亜種人も居ませんよ。 私、悪い人は大嫌いですが、良い人はとても好きです」
ロアンナの言葉に、K以外の全員が立ち止まってしまう。
人間のとるべき道が、今の彼女の様子に在るとするなら。 先ずは、人が亜種人を差別しない所から始める必要が有るだろう。
今、この街を訪れる事で、その想いをどうするか。 その入り口に立っている気がするオリヴェッティ。
(ケイさんは、既にその想いを態度に示している。 先日の神殿を探す時ですら、人か、亜種人の方かで差別も区別もしていない・・。 私も、そう在ると願う以上、私なりに信じて進まなければ…)
今のロアンナの言葉には、今の自分達がまだ道を外しては無いと云う救いを感じた。 国や人にそれを求めるより、自分がそれをする事からしなければと・・、心が引き締まる。
ダランと先を歩くKは、斡旋所の入り口へ向かいつつ。
「・・なら、この間に助けた女達が無事か、此処の斡旋所の主に聞こうじゃないか」
大衆酒場の反対側に在る斡旋所も、多様性を極めた人種により賑わう。 斡旋所の中へと踏み込めば、寧ろ珍しいと云う目をされた人間のオリヴェッティ達。
とてもとても広い1階は、エントランスからテーブルと椅子の有る待機・待合場のテラス風な場所も見える。 一緒に中へ入ったロアンナは、中の賑わいを見ながら。
「一階部分は、見ての通り。 冒険者の方々が集まり意見交換したり、チームを作ろうとする方々の溜まり場ですね。 依頼の受理から成功報告、報酬の支払いとかは、二階の受付です」
と、奥の階段へ誘う。
内部を見て回しながら歩くオリヴェッティ達は、ロアンナとトゥーヒァに誘われるまま、2階へ。 六角の広いフロアがまず見えて、その壁際寄りに半螺旋状に設けられた幅の有る石造ブロックを積み上げた階段を上がれば。 冒険者らしき風体の亜種人達がやはり他の斡旋所と同様に、仕事の内容が書かれ張り出された紙に向かって、視界片側の壁の彼方此方に散らばっている。
その様子を見たビハインツは、人間の都市の斡旋所と様子は変わらないと。
「この景色は、俺たちの利用する斡旋所と大して変わらないな」
頷いたルヴィアも。
「確かに、な」
眺めるフロアの中央には、天井に直結する円筒形の柱が在り。 その柱を囲む様にして、石造りの東屋が在って。
「新人は、こっちで仕事を請けろよーーっ。 他の窓口は、業務が違うぞ~~」
と、声を出すリザードマンの案内係が居たり。
“チーム結成・解散受付。 ご相談は、5番窓口へ”
と、遠くまで通るダミ声で云う窓口には、暇そうにする眠たそうな女性ドワーフが座っている。
東屋風の建物の中は、幾つかに区切られカウンターに成っているが。 そのカウンターのそれぞれが、業務別の受付らしい。
その光景が人間の街の斡旋所と何等変わりない様子に、ビハインツは少し驚いていた。
(人間と変わらないのか・・。 なんで、亜種人の街が世界にもっと当たり前に無いんだろうか)
ビハインツの内心にも、何となくそんな想いが湧いた。
一方、紙の貼られた一部の広い壁側に注目したルヴィアは、トゥーヒァの肩を叩き。
「聞いて良いか?」
「はい? 何ですか?」
「あの紙が貼られた壁には、三段の外周するかのごとく段差が見れるのだが? この都市一つで、あんなに依頼が在るのか?」
すると、トゥーヒァもウンウン頷いて。
「えぇ~と、私は冒険者をする兄に聞いた話ですが。 一段目の壁には、駆け出しの方用に張り出されたものみたいです。 二段目は、慣れた方々用。 三段目は、一般向けでの難しい依頼だそうですよ」
「ふむ。 然し、この森の中で、こんなに依頼が在るのか」
納得を仕掛けるルヴィアだが。 ロアンナが、何かを思い出した様に。
「あ・・、そう言えば。 この斡旋所は、南東の森に有る大都市や海岸の自治三国の方とも提携関係に在るそうで。 張り紙には、何処の町・都市で出された依頼か、全部書いてあるそうですわ。 此処の斡旋所の今の主さんは、魔法や魔法道具の製造に凄く精通されていて。 昔に作られた一部のオールドアイテムの復元から、その使用まで知り尽くす識者様だとか」
「そうなのか・・。 知らなかった、こんな森の中に・・こんな凄い斡旋所が在るとは…」
ルヴィアとトゥーヒァやロアンナが話している最中。 東屋風の七角形の建物の5番窓口に向かったオリヴェッティとビハインツ。 数人の待ちを経て、受付のホビットに面会をする。
「すみません、初めて此処に来た者なので、少しお尋ねしても良いでしょうか」
少年の亜種人の様な見た目となるホビットは、椅子に立っていて。
「む、人間か。 して、何用かな」
声も太ければ、物言いは年配者で。 何度も不思議な印象を持ったままオリヴェッティは訊ねる。
「はい。 私達は、大陸横断街道の途中より森に入りまして、悪党の街の1件を依頼されたチームの1つで御座います。 なるべくそれとなく、この街の斡旋所で主様に面会をして報告をして貰う・・との旨で来たのですが」
すると、ホビットの目が細くなる。 オリヴェッティとビハインツを交互に繰り返し観て。
「もしや、森の街道を来ながら、我々の様な森の民を助けながら来たと云う冒険者の御一行か? リーダーはオリヴェッティなる者と、とても有能なる包帯を顔にした者の事を聴いたぞ」
「はい。 私が、リーダーのオリヴェッティです。 ケイさんは、アチラに…」
「む、そうか。 では、向こうの窓口の並びの最も右端へ行き、サハギンの受付にコレを持って渡して欲しい」
出されたモノは、ダイヤモンドの様にキラキラとした筋の入る黒い札だ。
「右端のサハギンさんですね」
オリヴェッティが取ると、頷くホビットが周りを見て。
「静かに行くが良い。 主のレナ様に会えるのは、依頼主や依頼に関する者以外では、お知り合いか、有能なる者のみ。 このフロアにも、名前と顔を売りたいと狙う愚か者が多いからな。 なるべく目を付けられぬ様にせよ」
「あ、はい」
このエリンデリンの斡旋所について、ロアンナとトゥーヒァより説明を貰うルヴィアやクラウザーやウォルターの元へ戻るオリヴェッティとビハインツ。 Kとリュリュは、依頼の張り紙の内容を眺める為に、上の段差へと上がって居た。
「ケイさん」
オリヴェッティに呼ばれ、見下ろすKは頷く。 何故に呼ばれたか、語らずも理解しているからだ。
「リュリュ」
「ん〜?」
「明後日か、明明後日には、この街を出るだろう。 それまでは風を吸えないから、気持ち悪いのは我慢だ」
「はぁ〜〜い」
風の神竜の子供となるリュリュ。 風が吹き込まない地下は、本当は居心地の良い場所では無かった。
オリヴェッティを先頭にして、中央の東屋風となる案内係より奥の壁際へ。 幾つも在る窓口には、冒険者達が並んで居る。 最も多くの者が集まって並ぶ左側の窓口は、チームの結成から解散を扱う窓口か。 女性のドワーフが面倒臭そうにしているが。 それは、芽の出ない冒険者達のいい加減な物言いに対して・・らしい。
だが、見慣れた風景と云うモノにしても、やはり人として、感情を持つ者としては、人と人の遣り取りと云うモノは何となく気になる事も在る。 それがすんなり行かない事となれば、感覚として気を向けてしまうモノなのだろうか。 例えば、この今だ。 向かう窓口に近い、或る別の窓口では、ダークエルフらしき黒肌の美女に人間の男が口説いて居る様な・・そんな様子が見える。
ふと見たルヴィアは、その様子に。
「依頼を他所にして、何を話しているか」
こう不満を漏らす。 なかなか美男な人間の男性魔術師にして、窓口のダークエルフもまた、大人びた美人にして肉体も豊満そう。 自分も美人で男性から色目を遣われる存在だから、ルヴィアは直感的に誘う話と思ったらしい。
だが、チラ見したKが。
「その見方は、多分は違うだろう。 恐らく、依頼で採取したモノの買取値が安いから、野郎の方から色仕掛けで上げて貰う交渉だ。 だが、遠目に見て、どうやら採取したモノに紛い物が混じってるな。 値上げは、どうあっても無理だろうサ」
すると、エルフの男性と人間の女性を含む9人ほどの冒険者達が先に、右端の窓口に入った。 白いドレスを来たサハギンの女性が、その受け答えに前を向く。
「お、先を越されたな」
と、ビハインツ。
「ん、らしいな。 どうやら、主とやらを訪ねるのは、我々だけでは無いか」
辺りをまた眺められると、立ち止まるウォルター。
この時、トゥーヒァがソソっとダークエルフの座る窓口へ。 すると、聴こえて来た会話は…。
「なぁ、キミ。 私は、言われたモノを採取して来たんだゼ? 買取を半額って、それはヒドイよ」
顔の造りが良い長身の魔術師か。 ローブを貴族好みの礼服に仕立てた男が、肉体がとても艶めかしいダークエルフの女性に流し目を送る。 微笑むダークエルフの女性は、
「そう言われましても・・・。 ダメなモノは、ダメですわ」
さりげなく買い取りの変動を断った。
そこへ、トゥーヒァが近付く。 窓口の所に置かれた薬草らしい草の束を見て。
「あ、類似した雑草を取って混ぜてる…」
その話に、男性の魔術師らしき者。 また、窓口のダークエルフの女性がトゥーヒァを見た。 トゥーヒァは、窓口に近寄ると。
「お兄さん、この薬草って云う草の束に混じる、黒い斑点が茎に見えるのは、類似した雑草だよ。 こんなモノを混ぜて薬師に渡したら、仕分けをする側が笑われるヨぉ」
この話に、コロコロと笑いダークエルフの女性が頷く。
「そぉ〜なのよ。 だ・か・ら、買取は半額な〜の」
頷くトゥーヒァ。
「だね」
Kの言った事が本当だったと確かめられたので、満足してロアンナの元に戻るトゥーヒァ。
他人からもダメ出しされた魔術師の男性は、ガックリして半額を受け入れた。
Kに近付くトゥーヒァは、その包帯の顔を見上げ。
「ね、良く遠目で、類似した草が混じってるって解ったね」
斡旋所の雰囲気を眺めるKだが。
「見なくとも判る」
「はぁ? どうしてぇ?」
「先ず、人と人の遣り取りでも推察は可能だ。 見極めをする鑑定の者が半額と言っていた。 大まかな判断として、大概に於いて半額と云う場合は、類似の別物が混じるか。 その採取量が、求めた量からして少ないか、このどちらかだ。 そして、あのダークエルフの女は、要求した薬草と別物を2つにして左右の手にして何かを話していたからな。 だから、類似の別物が混じっていると思ったのさ。 それに、そうでなくとも俺には判る。 薬師の俺は、匂いでも解った」
「へぇ? 臭いぃ?」
香りを嗅ぐトゥーヒァ。
ロアンナは、狩人として鼻も利く方だが。
「ほんのり、青臭さしかしませんわ」
すると、魔人と若いドワーフが話して居る方を見たK。
「薬師は、臭いからでも草の判断が出来る。 あの薬草は、摘み取り方が荒いと酸っぱ味の混じる青臭さがするが。 類似の草は、青臭さに微かな辛みとも感じ取れる臭いが混じる。 この両方が混じって漂うからな、間違えて採取したのは、見なくても判るのさ」
驚くトゥーヒァは、ダッと走って先程の窓口へ。 ダークエルフの女性にKの話をすると、漂う香りでその判断が出来る者が居るのかと返って驚かれた。
で、戻って来たトゥーヒァは、疑う素振りの細めた目を向けてKに近寄り。
「アナタ、ナニモノだ」
と、興味津々となる。
「だから、薬師と言っただろ」
まだ年齢的には大人に成りきらない女性らしいトゥーヒァやロアンナ。 話し始めると、キャッキャとよく笑う。 ロアンナ父娘とK達の出会いも会話へ上り、リュリュが絡むから煩い。
そして、オリヴェッティから。
「あら、空きましたわ」
と、一声が出れば。
邪魔はしないとロアンナは、
「私とトゥーヒァは、此処で待ってますわ。 出て来ましたら、良い宿も案内します。 森の民を助けて下さった皆さんへ、お近付きのお返しですね」
若くしてとても色艶(いろめか)しいロアンナ。 ビハインツからすれば、付き合いたいくらいで。
(はふぅ。 亜種人の世界に居るのは、我慢が大変だ)
特長的となる目や耳や鼻に、とても白い肌となるエルフやエンゼリア。 人とは違うが、その特長が気にならないとなると、その美しさは甘い毒の様に異性を誘惑する。 ビハインツは、人だけが良いとは思わないのだろう。 その特有の美に、寧ろ惹かれるのだ。
さて、オリヴェッティが窓口へ。 エラを靡かせる青と白の美しい鱗肌を煌めかせるサハギンの女性へ札を出して。
「主様へ、御報告をしたく」
その札を見たサハギンの女性は、大きく1つ頷くや。
「右側の扉から階段を上がって下さいな。 レナ様がお待ちヨ」
そして、壁と思われていた所にが、ドア型にして勝手に押し開かれた。
オリヴェッティを先頭にして次々とその中へ。
今し方、このサハギンの女性に何かを話しても、扉を開かれなかった1団がそれを見ていた。
「な"っ、人の1団が入ったゾ」
「クソっ、何処のチームだぉ」
「何故に、人の1団が?」
チームでうんぬんかんぬんと話し合う。
この時だ。 依頼を観ようと壁際に向かうトゥーヒァとロアンナだが。
壁際の掲示板前に来たロアンナは、リルマを見付けた。
「あらら、シュワイェットの子供さんだわ」
シュワイェットを大人しか見た事が無いのか、トゥーヒァは驚いて。
「え"っ、子供っ? 何処何処っ?」
クリーミア、エリーザ、タリエ、ケルビンと、他に何名かの冒険者らしき亜種人と共に斡旋所へ来た。 リルマが一緒で、この人の混雑がとても珍しいと見ている。
が。
「けーひ、けーひっ! リュぅ〜〜リュ、リューリュ!」
リルマが、オリヴェッティ達の消えた方を指差して走ろうとする。
その話で、何かを察したのか。 リルマを抱き上げるクリーミアが、何かを言って居た。
クリーミアへ近付くロアンナで。
「リルちゃん、よね?」
話し掛けられたリルマは、ロアンナを見て直ぐに誰か解った。
「あ〜あ〜」
喜ぶ様子からして、顔は覚えているらしい。
エリーザより。
「あら、リルマさんとお知り合いですの?」
「あ、はい。 オリヴェッティさんやケイさんと、旅の途中で会いました」
タリエは、辺りを見て回し。
「ケイが居るのか?」
トゥーヒァより。
「たった今、主さんの方に行ったヨ。 話し合いだと思う」
こうして、Kやオリヴェッティ達と知り合う者達の出会いが生まれる。
森で取れた果物を持っていたロアンナで、長く弓形となる紫の果物を出して。
「はい、果物」
貰うリルマは、喜んで抱かれながらに。
「あうあとぉー」
と、頭を下げた。
「まぁ、もう言葉を理解して来たの? リルちゃんは、頭がよろしいのね」
話が始まるロアンナ達。
その一方で……。 漸く主らしき女性と面会が出来たオリヴェッティ。 中へ入ると、ビハインツより頭2つは大きい筋骨隆々とした灰色の岩肌をした亜種人ロックホーントの男性に迎えられた。 鎧にプロテクターを身に着け。 背中には、大きな鉈の様な大剣を背負う。 また、腰にはショートソードに見える長剣が佩かれていた。
「レナ様に御用の者だな。 レナ様は、本日もお忙しい。 要件は、速やかに済ませて貰いたい」
と、恐らくはこの斡旋所の3階か、4階となるらしい上の階へ案内された。 木造の建屋部分に誘われ。 その使われいた木材が、あの街道で倒れていた樫の木と同じものだった。
執事か、使用人となるロックホーントより案内され通されたのは、木造の部屋となる一室。 縦長の部屋にて、何処かの国の大臣が宛てがわれる執務室の様な使用の雰囲気が在り。 重厚感を魅せる大きな机の向こうには、気高さが全身より溢れている女性が座って居た。
ロックホーントの男性が恭しく一礼し。
「レナ様。 街道で我々の同胞を助けて来たと云う冒険者達の様です。 どうか、御面会を」
古代地下都市エリンデリンに在る斡旋所の主をするのは、エンゼリアとエルフのハーフとなる女性“レナ・ディアーナ・アローイライン”。 彼女と面会したオリヴェッティは、助け出された女性達全員の事を聴いた。 済ました無表情から冷たい感じを見せるレナは、立派な高い背もたれの柔らかい質感となる椅子へ腰を掛けて居る。
「待ちかねました、貴女方の話を聞きたかった。 御一堂、その長椅子や他の椅子へ腰を下ろして構わない」
レナの前には、4人ほどが座れる木造の長椅子が2列。 弓形の3人掛けとなる椅子が3組。 個々の椅子となる背凭れの高い椅子等が5つほど。 それが狭くならない広さの部屋だ。
皆が座る中で、レナは一同を見て回す。 美しい白金の様な髪は膝下まで伸びて、長い耳、少し尖る鼻、宝石の様に美しい青緑の瞳と、亜種人にしても美しさが際立つ女性だ。
「昨日、街へ戻ったクリーミアさん達や少女達。 それから行商人より報告は貰ったの。 随分とモンスターを倒し、森の民やフォレスト・ジャイアントさんを助けたのね」
面前にビハインツが置いた椅子に座るオリヴェッティより。
「はい。 成り行きでお助けしたまでですが。 見捨てる事も出来ず・・です」
「シュワイェットの少女、エルフの少女、エンゼリアの少女より、どんな旅だったかは解っています。 が………」
席を立つレナは、前に出て来て後ろのクラウザーやウォルターも見ると。
「へぇ〜〜、ナルホド。 皆様が、あの暗黒街に捕らわれた女性達や子供達を助けたのね。 向こうの協力会より来る経過の報告を読むと、助け出された1000名を超える女性や子供は、皆。 送り届けられた国境都市から直に水の都の王都、魔法学院の首都に移送され。 政府と協力会の責任で、それぞれ帰る場所へと送り届けられるなり。 他、希望になるべく沿う対処にされると、報告が書いて在るわ」
主の話を聞くルヴィアは、その助け出された女性の数に驚いた。
「我々が回った数ヶ所の暗黒街に、そんな数の女性達が居たのか?」
助ける所を見て居ないから、Kがどれほどの事をしたのかと眉を顰める。
一方、話を一緒に聞くビハインツは、素直に喜び。
「お~し、それは良かった。 心の傷は深いが、先ずは命が助からないとな、先は無い。 良かった、良かった…」
離れた場所からだが、仕事が片付いたと思って一安心したらしい。
だが、オリヴェッティからも話が有った。
「あの、私達の立ち寄った集落での事・・なのですが」
「ボルフォア樫の倒れていた集落の事ですか?」
「はい。 悪党の方とも通じていそうな…」
話をするや、レナは横向きで立ったまま。
「クリーミアさん達から話は聴きました。 確かに、此方の手回しを無しにして、貴女方は樫の木を撤去して。 その木を売って得たお金は、森の為に遣うと助言したとか………。 森の民としては、真意は正にそこへ在り。 この一件に関しましては、集落の民や森の民の意向に沿う形で動きます」
オリヴェッティやルヴィアは、1番良い形で事が進むと喜ぶ。
そして、パチンと手を叩くレナで。
「あ、それから貴女達に狼藉を働いた人間の商人達は、此方の関係者では有りませんので。 誤解はしないで下さいね」
これには、クラウザーより。
「だが、あの商人達は、此処の斡旋所が出したと云う委任状を持っていたと集落の長より聴いたが?」
「それは、過去の前任者が書いた別の委任状の1部を勝手に改竄したものです。 確かに、私の所へ来て巨木の撤去の許可を申し入れて来ましたが。 私は、別の森の民の業者へ話していましたから。 許可は、出しておりません」
「何だ、本当に真っ黒だったか」
呆れたウォルターも。
「不粋な輩め。 下手に時を遅らせたならば、あの大勢の悪党の残党を遣って集落を襲ったやも知れぬな」
此処で、レナはKを見て。
「そこの包帯の貴方。 貴方が、賊の残党を片付けて下さったとか?」
「まぁ、な。 森に生きる危険な生物の餌にしてやった。 当分は、軍隊アリや肉食の生き物も街道には出ないだろうさ」
「ほぅ、なるほど…」
やや事務的で、生真面目な印象の大人と見えたレナ・ディアーナ。 だが、Kが何をしたのか、大まかな感じ方でも察せられるらしい。 その成功には確かな実力を見た。
「クリーミアさんが褒めていたけど、本当に有能なチームね。 何か仕事が欲しいなら、特別に相談には乗りますよ」
と、云ってくれた。
然し、オリヴェッティ達にも目標が有る。
「お言葉は嬉しいですが。 私達は、海旅族の足跡を辿る旅をしていまして。 これから、この森の中に在る地下迷宮に行こうと思っています。 そして戻ってこれたなら、そのまま海岸の自治国の何処かに抜けて。 海路で、水の国へと渡る気で居るので…」
バカ真面目に、そう説明したオリヴェッティ。
それを聞いた主の彼女は、急に顔を引き締めた。 丹精な顔が、やや冷淡な印象になり。
「この辺に居る有能な冒険者でも、あの迷宮“ロド=イマナフ”に向かう者は、誰一人として居無いわ。 漆黒の闇に支配された巨大迷宮で。 中には、仕掛けられた罠で命を落とした者から生まれた死霊・亡者のモンスターが、新たな獲物を求め彷徨ってる。 貴方達、結成したばかりの様だけれど、切り抜ける実力が在るの?」
鋭く聞かれたオリヴェッティだが。 ただ澄んだ目を向けて。
「逃げる気は、毛頭も在りません。 今の仲間で挑む機を逃しては、次など有りませんから。 では・・、お手数かけました」
正しい一礼を返し、ルヴィアやビハインツと一緒に主の前から去るオリヴェッティ。
「・・・」
それを黙って見るレディーナ。
(そんなに、自信が有るの。 まさか、唯の捨て身で・・ん?)
オリヴェッティを見ているウチに、最初から感じていた不思議な風の力の出所が少年のリュリュであると見抜いたレディーナ。 更には、Kと云う誰か解らない相手とも合流する様子を見て。
(あの若いコは・・何者なの? 何て、純粋な風の力を感じるのかしら・・。 精霊でもないのに、風の力そのものを発揮するなんて、明らかに人間では有り得ない。 それに、あの黒い服の男は、一体? 解らない、何者なの? 私の占いの眼にも、全く反応が無い・・・。 まさか、私の眼で測れない力量が有るの? あのスカイスクレイバーのリーダーですら、私の眼力で力量が測れたのに…)
レナ・ディアーナの眼には、精霊力から魔力、そして覇気を色的なオーラで感じる力測眼(プラーナ・スカウタ)と云う能力を持っている。
今、彼女の眼では、非常に制御の行き届いた魔力を老紳士ウォルターに感じ。 まだまだ伸びの余白を多いに秘めた大地・水の魔力の才能が、オリヴェッティに窺えた。 そして、人とは思えない風の力を纏っている形で、リュリュも見えている。
なのに。 その眼を通しても、Kだけは全く力を感じない。 生まれたての赤子ですら、その新鮮な生きようとするエネルギーを見て感じるのに…。
(何と・・恐ろしい。 死人でも、生きた人間でも無いの? 一体、あの男は…)
ふと気付くと、レナ・ディアーナの手が震えていた。 理解が出来ない者を初めて見た事で、不安と恐怖を感じたのだ。
廊下に出たオリヴェッティは、Kに旅で必要な物を揃えたいと言った。 繁華街の中を見て回りたいと云う事だ。
さて、斡旋所にて要件を済ませたオリヴェッティ達。 これから、今日の宿を探し。 明日か、明後日には、古代迷宮に臨む為にこの街を出る気でいた。
*
斡旋所が許す者以外、誰もが軽々しく通れぬ内廊下を抜けて、再び斡旋所の表となるフロアへ出たオリヴェッティ達。
処が、出た所に、クリーミアを始めとした皆に待たれて居た。
「あら、リルちゃん?」
オリヴェッティがリルマを見て喜ぶ。
リュリュも、
「リルちゃんだぁ〜」
と、言えば。
「おーり、るーりゆ、ケェヒ!」
リルマも会いたかったと、クリーミアより離れてKの元へ来た。
『おう、元気そうだ』
古代の言葉を使ったKだが。 待っている他の者を見ては、その顔つきが穏やかな挨拶から、お別れとは行かないと解った。
「ん? どうやらただの別れ・・・の挨拶をしに来た訳じゃ無さそうだな。 深刻な事態ともなりそうな用が在る、そんな顔(つら)だ」
と、本当に深刻そうな顔をしてるクリーミア達を見た。
「え?」
オリヴェッティを始めに、ルヴィアからビハインツも待っていた者達を見た。 クリーミア、ケルビン、タリエ、エリーザが揃うも、その表情はとても険しい。
そして、何故か一緒となっていたロアンナとトゥーヒェより。
「あの、ミカーナさんと云う方のお父様が、今朝に危篤と」
「でもさ。 ケイが薬師って言ったけど、医者じゃないよね?」
だがKは、最後に言ったトゥーヒェを見返す。
「お前、僧侶って言ったよな?」
「えっ? あ、うん。 自然の神を信仰してる・・けど」
頷くKより。
「エリーザとお前さん、人助けに力を貸せるか?」
「へぇ? あ、え?」
混乱するトゥーヒェだが。 代わって真剣な表情へと変わるエリーザは、その問い掛けを聴くなり即答と。
「ケイさんがお力添えをして頂けるならば、何なりと全力を尽くします」
彼女の返答に驚くのは、まだ状況を飲み込めないトゥーヒェだ。
「あっ、あのさ。 人助けって・・・な、ナニ、するの?」
彼女を見返すKは、淡々と。
「モンスターに怪我を負わされて危篤と言えば、怪我が治らずの重症か。 傷口から毒か、異物が入ってかの病。 その何れかだ。 助けるならば、傷を開いて外科処理をするしかない」
答えを聴いて、トゥーヒェが益々に驚く。
「へ? ちょ、ちょと。 ケイはっ、医者じゃ無いよねっ?」
「まぁな。 だが、モンスターから負わされた怪我の事ならば、その辺の医者より処置は慣れてる」
「え"!」
驚く事を繰り返すトゥーヒェは見ず、クリーミアを見たKは。
「差し迫ってンならば、早くしろ。 事切れてからじゃ、助けられもしねぇぞ」
話が通ったと解るクリーミアで。
「済まぬ。 家は向こうじゃ」
此処で、Kから。
「ケルビン、タリエ」
2人を指で呼ぶ。
「はい」
タリエが先に。
「なんだい?」
後からケルビンが応えた。
もう何かへ臨む2人は、直ぐに近寄る。
「お前たちは、ミカーナの家が何処か解るのか?」
2人してKにこう問われるも、一昨日に訪れて居る。
「解ります」
「一昨日、行ってる」
1つ、頷いたKで。
「なら、話は早いな。 俺が書くモノを調達してくれ。 麻酔や直ぐに使う薬は在っても、その後の薬の材料は無い。 後から必要と成るものは、その場で頼むが。 先ずは、大方の推測で欲しいモノだ」
タリエは、本当に治療する気なのだと。
「解りました」
ケルビンも、母と妻を見て。
「この街の事なら、隅々まで大体は解る。 必ず、調達しよう」
金貨を出すKに、オリヴェッティ達も合わせてお金を出す。 事も無げに、昨今のフラストマド大王国で発行されしガラッド硬貨を出したウォルターで。
「入り用ならば、使って貰おう」
宝石と金銀のみと云うガラッド硬貨。 それを初めて見るロアンナやトゥーヒェで。
「宝石硬貨のガラッドですぅぅ」
「は・初めてみたぁぁぁ〜」
薬の材料が高価と成る事は、貴族ならば良く知って居るだろう。 己が病を持っている事など知っているウォルターで、何も聴かず言わずにガラッド硬貨を出した。
Kが紙に必要なモノを書き出し、その紙を持ってタリエとケルビンが街中へ。 一緒に、ビハインツやルヴィアも同行する。
こうしてK達は、クリーミアの案内にてミカーナの家に。 すると、何故かミカーナは家に居らず。 あの義母も居なかった。
中に入ったKは、青ざめた肌にて瀕死に近付くエルフの父親を見た。 もう呼吸が荒々しく乱れていて、意識もハッキリ保って居られない様子が、見た目からも解る。
「あ、あな・だは?」
知らぬ包帯を顔に巻いた人間が現れ、驚くミカーナの父親だが。 クリーミアが説明する間にKは、彼の診察して。
「脈が弱く、もう乱れて居る。 この貧血の症状も混じる様子、独特の皮膚や身体の怪我した患部の肉から出る発酵臭。 そして、腹の表皮に浮き出した瘤からして、“魔根”が巣食ったな」
そこへ、先に義母となる女性が戻った。
「あっ、く・クリー…」
その時、Kより。
「お宅が、奥さんか?」
人間の男性で、顔に包帯を巻いた怪しげな者を見てまた驚く義母。
「あな、たは?」
「俺の事は、どうでもいい。 それより、この旦那をこれから助ける。 時は差程でも無いが、外科処理をするから湯を沸かせ。 早くしねぇと、今夜か、明日には完全に気を失うぞ」
「え? えっ?」
そこへ、クリーミアより。
「こと男は冒険者なれど、神の如き手練を持つ薬師じゃ。 今に助けを貰わねば、二度とお主の夫を助ける機会は無い。 言う通りにして欲しい」
「でもっ、外科処理って!」
そこへ、ミカーナが帰ってきた。 家の前にて、リュリュと手を繋いで待って居たリルマを見る。
「あ! リュリュさんっ、リルちゃん!」
「みーあ! みーあ! けぇーひ! ケェイ!」
「ケイさん、いるよっ」
涙を流して家の中へと走るミカーナは、父親の前に立つKを見て飛びつく。
「ケイさぁんっ! お父さんをっ、助けて下さいッ!!!」
人間に対して、母親の1件からかなりの抵抗を持っていた娘が。 この怪しげな包帯男へ飛び付いて頼む。 その姿を薄めの朧気ながら見た父親は、何を見たのだろうか。
Kは、何も動かず。
「それは任せろ。 それより、ケルビンとタリエが、初動から処置の後に必要と思われる薬の原料を買いに出ている。 お前にも、途中から頼むかもしれないぞ」
「はいっ、何でもします!」
この時、クリーミアとエリーザが湯を沸かそうと動く。 混乱して思うまま問い掛ける義母で。 ミカーナは、父親の命を助ける為に、邪魔となる義母を外に出させた。
ミカーナより押し出された義母となる彼女は、
「ミカーナっ、あの人は人間でしょ?」
と、疑心暗鬼で混乱したままに問う。
だが、助けられた旅にて、Kの技能の大凡を知っているのはミカーナだ。 全幅の信頼を寄せられるのは、誰でもないKのみと思って居るミカーナだから。
「人でも、その凄い能力でいっぱい私達を助けてくれたの。 お父さんを助けられるのは、今はケイさんだけっ。 お義母さんは、外で待ってて」
「はぁっ? そ、外で!?」
「お薬の原料が持ち込まれるってっ。 それを受け取って! お父さんを助けるの!」
家内に戻るミカーナは、お湯を沸かす事を手伝う。
さて、Kはミカーナを指導して。
「精霊の力を感じられるならば、炎の精霊に頼め。 自然魔法ならば、自然の炎の力を持続して安定させろ。 魔法とは、普段からでも応用が利く」
クリーミアとミカーナが協力をする。 ミカーナが炎の精霊となる【火廻り】(ヒマワリ)なる植物の精霊を呼び出せば。 その精霊のお陰か、クリーミアの魔法も効果が高まる。 普通で沸かすより、倍は早く沸かせた。 エリーザやクラウザーやオリヴェッティは、そのお湯をKの元へ運ぶとする。
お湯が沸くなり、ナイフを煮沸して。 また、麻酔薬を造る。
上半身を裸とされたミカーナの父親の様子を視るウォルターは、腹部が少し異様に盛り上がり。 壊死した様に変色した怪我の患部を観て。
「友よ、コレは・・・何事か?」
頷くKは、もう身体も動かせぬミカーナの父親へ。
「お宅の弱り具合からして、全身に強い麻酔を入れると、そのまま向こう側に逝っちまう。 患部の部分に留めるが、違和感や軽い痛みは出る。 ここが、生きるか、死ぬかの時だぞ」
Kの説明に、本人も幾らか知識が有るのだろう。 弱々しくも頷く父親で。
「は、はい…」
そして、その少し後で。
「ひぇぇぇっ!」
観ていたトゥーヒェの悲鳴が上がる。
「え?」
その声に驚いた義母は、慌てて中へ入った。
「き、きゃあああ!」
腹部の瘤が開かれて、青黒い木の根に似た何かが蠢いているのを見た。 驚いた義母は、Kの後ろに膝を崩す。
父親の病を引き起こす正体を知りたいと思っていたミカーナは、腹部の患部の中に潜んでいた病巣を凝視していた。
だが、Kは其方には目を向けず。
「これが、俗に云う異病とも間違えられる病の1つの原因となる“魔根”だ。 魔界の植物や菌の胞子が肉体内へ入る事で、こうして根を伸ばす」
青ざめるミカーナは、
「こ、これを、抜く・・ンですよね?」
と、Kに問う。
「そうだ。 だが、この手のヤツは、膿んだ血肉の瘤の中に集まる形じゃねえ。 これからは、僧侶と協力して根を取り出す」
心の準備をしていたエリーザが、
「トゥーヒェさん。 さ、治療に入りますよ」
と、若いトゥーヒェに云う。
「は、はうはう…」
初めて、人の胎内を見たトゥーヒェは、斬ったKが悪魔に見えた。
然し、何の乱れなく、血も吹き出させずして傷を造り、根を張ったナニかを素早く取り除き始めるKで。
「こっちの傷を、部分的に止血して魔法で」
「はい。 では」
真剣なるエリーザは、Kの助手にでも成ったかの様に動く。
ロアンナから応援されたトゥーヒェは、エリーザの助手の様に成って四苦八苦と魔法を部分的に施す事に大汗を流した。 治療の魔法を大まかに施せば、指定された部分を越えて傷を癒そうとしてしまう。 だが、まだ魔根が残る部分を癒そうとすると、魔根が拒絶反応を示して暴れる。 それは、怪我人の患部を傷付ける事に成る。 治癒魔法を限定的に施すと云う、神聖魔法では応用となる事に、若くまだ僧侶の下っ端の様なトゥーヒェは、何回も重ねがけする疲労を覚えた。
この間に、ケルビンやタリエが原料を持ち込む。 然し、Kは必要な物を云うので、また出てゆく。 ルヴィアが、ビハインツが、リュリュとリルマが一緒に行って、薬を持ち運びする。
外の空が夕方となる前には、全ての根っこが父親の体から取り除かれた。 最後は、深く胎内へ伸ばした1本の主根だが。 Kの黄金のオーラで絞ると、呆気なく外へ飛び出す。 クリーミアは、木の棒2つでソレを挟むや暖炉に入れて。
「失せろ、魔界の異物め」
自ら炎を強め、その力にて焼き尽くす。
それからは、エリーザとトゥーヒェが怪我を癒すべく魔法を唱え。 Kが薬を作って行く。 今は、治療からそれなりに失血して気を失う父親だが。 起きた時にどうするか、その後の事もKはミカーナと話す。
とんでもないモノが夫の傷の中に居たと解った義母の女性は、観ているだけで疲れ果てたと壁際の椅子に座ってしまった。
「あ、あんな・・あんなバケモノ・・・が……」
狭い家だが、細工職人としても生業を持つミカーナの父親で。 工場の在る大通り側の店にてビハインツやルヴィアが休む。 一緒になるロアンナやトゥーヒェが、これまでの旅の事を聴いて時は経つ。
この時に、薬を造るKと一緒に居る事で、疲れたミカーナの本音が出た。 何処か、母親として居る事が苦痛と見える様子を感じていたミカーナ。 薬を作るKへ、自分が義母と父親の邪魔に成るならば、この家を出て行くと…。
それを聴いた義母は、横を向いて苦しむ顔をする。 疲労や寝不足から年齢を重ねた感を持った彼女は、ミカーナの本音を聴いて何を想ったのか。
油が残り少なくなり始めたか、弱まる火のランプが照らす家内にて。
目覚めを待つとして、ベッド脇に置いた背凭れの無い椅子に脚を組んで座るKより。
「なるほど。 義母(ははおや)と父親に、本当の夫婦に成って貰いてぇってか」
「はい…」
かなり思い詰めていたのか、年齢以上に大人びたミカーナが返す。
すると、壁際に黙って座っている義母を少しだけ視界に入れたKで。
「お前の考えは、立派っちゃ〜立派だが。 恐らく、今のままだとこの夫婦は、お前さんが去ったとしても本物の夫婦に成れねぇな」
「え?」
ミカーナが、Kへ顔を向けると。
Kは、自分の話から表情を強ばらせた義母を傍目として見てからに。
「1番の問題は、この女が、お前とこの父親を今だに恨んでるからだ」
「えっ?」
思っても無い話が出て、ミカーナは素早く義母を見た。
義理の娘から見られた女性は、心底から驚いてか、何も言葉を口に出来ずして顔を激しく左右へと動かすも。
その内心を読んだKは、ズバリと。
「今更、嘘を言っても仕方ねぇだろ。 アンタが、血縁のミカーナを普通に愛せないのは、姉の娘としてのミカーナへ、姉への憎しみが重なるからだ。 また、この元は恋人だった夫を本気で愛せないのは、一度は姉を選んで自分を捨てた、裏切られた事を恨んで居るからだ。 後から一緒に成ったのは、本当ならば自分が最初にそうなるハズだったから。 それが当然なんだ、と云う本音が在るからだ」
Kからソレを言われた義母は、震えながらに身を固まらせた。 反論が出来ないと云うより、心の奥底を見透かされて混乱が先に成ったのだ。
そこで、Kは。
「本来ならば、この父娘へ愛情が全く無いならば、お宅が出てけ行けと云う処だ」
ズバリ、決定的な解決法を言ったK。 周りに居たオリヴェッティやクリーミア達が、その話に驚く。
自分が想像もしていなかった事に、ミカーナが余りの展開に驚いて固まってしまった。
流石に言い過ぎと感じたオリヴェッティが、思うまま口を挟もうとしたが。
そこで、先にKが。
「だが、今日1日、アンタを見ているが。 顔から窺える本音の中に、後悔や違う無念も見えている。 そして、この父娘に対しての愛情も、な。 確かに、血縁やら、裏切りやら、男と女の恋愛は、複雑に絡み合うと簡単に許せない事は在る。 然し、お宅にとって今、何が大事なのか良く考えろ。 どうしても忘れられなくて一緒に成ったならば、この男の事が本当に好きならば、この1度だけで良い。 許せ。 また、ミカーナの事がそれなりに心配ならば、可愛いならば、やり直せるのは今しかない。 だから、許せ」
とんでもない男女の、親子の家庭事情。 他人が口を挟むのは、良い方向へ行くかなど誰にも解らない。
空気感が複雑な重さを孕む中でも、Kだけは淡々と乾いた言葉にて。
「いきなりの事だ。 見ず知らずの他人から言われて、確かに引き摺る葛藤や恨みの根源を許すなど難しい事だろう。 だが、お宅はもく結婚して家族となり、何年も悩んで、考えて来たハズだ。 そろそろお宅も、この父娘に本音を見せろ。 最も選びたい現実を選び取る為に、本音を見せる事だ。 それをこの父娘がどう汲み取るか、後はそれだけだ」
ハラっと涙を流して強ばる表情となり固まる義母に、Kは冷めた紅茶の入ったコップを取るまま。
「このミカーナは、確かに消えた姉の子供だが。 今も、お宅を嫌った訳じゃないし、憎しむ姉本人じゃネェ。 また、この寝てる男も、去って然るべきな、そんなお宅が献身的に世話をしたから、お宅を信じて妻にした。 それは、謝罪も、後悔も、愛情も感じて、だろ? それとも、違うのか?」
震える義母は、怯えも含む表情を俯かせ。
「そ、そう・・です」
この数年間の経過が、彼女の心の中で目まぐるしく駆け抜ける。 身体が弱いのに、職人として、商売人として生きる父親。 幼いのに、そんな父親を手伝い生きるミカーナ。 姉が消えたと云うのでこの女性も心配となり、手助けをしたりするウチに愛情が再燃した。 姉の消えた寂しさの隙間を埋める為かも知れないのに、この夫に望まれて男女の関係に戻った事。 仕方なしの事で、ミカーナの面倒をみて来て娘として想う親心まで育まれた。 相反する想いを抱えて、今日ま来た。 そんな女性の苦悩が、今に彼女の顔を染める。
紅茶を口に含んだKは、そのコップを置いて。
「・・相手が目の前に居ないまま、恨んたり、憎んだりすると、な。 相手が居らず、本当の意味で消化されないまま怒りや怨恨が残る。 その気持ちは、1人の自分だけの中に何時までも、拘り続ける限り居座るからよ。 その所為で時に、大切な者、大切な想いすら壊しちまう。 今、このミカーナが決意を持った。 今が、この問題へ何かの決断をしなければ成らない時だ。 だから、何が本音か、お宅も選んでみて良く考えろ。 その恨みや憎しみの気持ちをこれからも保たなければ、此処に居れないのか? それが無ければ、ミカーナにも、この夫にも、1人の女として向き合えないのか?」
Kに問われて、義母は俯くままだ。
その彼女の内心の事は、Kにも解らない。 また、Kには、オリヴェッティとの旅も在る。 長々と此処へ居る訳にはいかないから、だから敢えて…。
「本音を選んでも、その憎しみや恨みから来る気持ちを持ったままならば。 この家から去るべきは、お宅だ。 また、それでも拗らせたままでもこのどっちつかずの現状が欲しいならば、確かにミカーナが去るべきかもな」
家の中に居る者が、ミカーナを見た。
心の冷静さを少しずつ取り戻してきているミカーナで、その覚悟は出来ていた。
そんな娘の気持ちが解るKだ。
「俺達は、ミカーナを助けてこの街まで来た。 その間、ミカーナは精神的に自立の兆しを見せていた。 確かにミカーナの方が、変わるべく動く気力が在るのだから…。 まぁ、この娘は、この家から離れても大丈夫だろうよ」
ミカーナを見て、こう言う。
見られたミカーナは、Kの視線を貰って合わせると小さく頷く。 父親の容態の次第では、怪我の完治など待たずしてリルマと一緒に他の集落へ去る決意が心に在った。
この時、この場に居たクリーミアやオリヴェッティ達は、見ていて何よりも、誰よりも心配と成るのは、やはり義母となる女性だ。 次第に、苦しむ感情が強くなる悲しみの顔へ変わるからだ。
Kも、また。 その言われぬ気持ちの雰囲気が解るからだろう。
「だが、そうなってしまうとよ。 ミカーナが去った後、どう明日が変わろうとも、もうお宅は、何を恨むもことも許されないぞ。 許さない者の確執で変わった現実やその後の事態ならば、許さない者がそれ以上の何かを求める資格も無い。 そう、思わないか?」
俯いたまま、義母は動かない。
言うべきこと、示すべき現実を言ったKは、それ以上はこの問題には触る気も無く。
「それ、一方的に血を飲んでいた魔根と云うバケモノが消えた所為か。 ミカーナ、お前さんの親父も血色が戻って来たぞ」
「え?」
義母への話に、結果がどう変わるかやはり怖くて、言葉を出せずに固まって居たミカーナだが。 席を立ってベッドに近付くと、寝息となる呼吸の父親が居る。 血液の巡りが悪くて、昨夜から更に青ざめた全身に変わり始め、呼吸が乱れていた父親だったのに。 今は、少し赤みも見える白い肌と成って来ていた。
「お、おとおさァん…」
その場にヘタり込むミカーナ。
快方に向かう兆しと、この家から去る時を見たKは、
「そろそろスープでも作れ。 お前や義母親(ははおや)の分も一緒にな。 この作った薬は、効果が高い反面で、空きっ腹に入れると胃痛を伴う。 何か、少しでも飲ませてから服用させた方が楽だ」
と、ミカーナを動かした。
「あ、あ・はい」
動くミカーナは、また竈の方へ動いた。 既に、煮込む食材は買って在った。 胃に良い野菜や食用カエルの肉など。 この辺りの食用カエルは、臭みも無くて煮込むと良い出汁が取れる。 煮込めば溶けてしまう野菜も、それなりに考慮した。
それから、沈黙が流れる。
包丁の音がして、竈の熾がパチパチと音を出す。
この間にクリーミア達は、ロアンナと草臥れたトゥーヒェを連れて住宅区域に消えて行く。 リルマは残りたいと言って、今では休むオリヴェッティとリュリュの間で寝ていた。
人の動きが起こってから差程、時は流れていない。 だが、義母となる彼女には、その経過すら感じられない程に麻痺していただろう。 その彼女が立って、ベッドの袂に座るKの脇に来ている。
この静まった夜に、仄かな炊事の音だけがする。 その音に、消え入りそうな声で。
「わた・しは、この人の・・傍に、居たい…」
するとKは、軽く頷く。
「その本音を見たならば、その本音を叶え、維持する事を考えてみろ。 こんなビミョーな雰囲気のまま家族として居るのは、気を遣う事が多過ぎて馬鹿らしくないか? お宅を旦那が気持ち良く受け入れる状況とは、お宅が本気で母親に成った方が訪れるのも早いだろ」
こんな事は、他人のKに言われるまでも無い事だが。 本日の混乱した一日で、この義母となる女性も心の鎧が幾らか剥がれて居た。 弱々しく、頷く。
「もう、随分と前から解って居た事だろ。 それに、今日云う大変な一日にして、お宅も自分の本音を少しは素直に見詰められるンじゃないか? だから、敢えて言う。 もう過去に縛られるな、そんなモン棄てちまえ。 それより、幸せで楽しい親子の生活が大事だろ。 そうなりゃミカーナは、お前さんに新たな子供が出来たとしても、ちゃんと兄弟として向き合える。 もし、仮に、だ。 そんな状況に成った時に、この場を去った姉がまた家族を頼って戻ったとしても。 お宅の居場所しか無く、戻れる所は無いと思うさ」
この話に、義母の女性がギョッと眼を見開いた。
「そ、そんな・・わ、解るの?」
だが、Kの本音は、一般論に近い意味合いで言った。
「いや、仮の話だ。 だが、な。 内面の厚かましい者は、時に1人となると頼れる誰かを欲しがり、何処までも厚かましく成れるモノだ。 過去の結果、自分の経験が何ものの現実より勝る。 一度は、妹より自分が選ばれて結婚し。 娘まで作る所まで行った関係ならば、また戻ればヨリを戻せると思うかも知れない。 俺は、そんな事例を何度も見て来た…」
旦那の顔色を観ていたKが、何の気なしにと義母の彼女を見た時だ。
「・・何だ。 もう、経験済み、か?」
泣きそうだった彼女が、また憎しみの現れた顔に変わる。 頷きもしないが、その表情からしてこの話は現実になって居た様だ。
だが、Kの本音は変わらない。
「この夫を取られたく無いならば、尚更にその恨みや怒りは捨てろ」
強い感情となる彼女の視線が、反抗する様に此方へ向くも。
「俺は、ミカーナや父親の為だけの事で、こう言っている訳じゃねぇ。 その話の答えは、とても簡単な事だ」
「か、簡単って……」
そんな訳があるか、と言いたい。 然し、Kは更に経験から…。
「その姉が家族に戻れるか、また戻れないか。 その答えは、あの娘のミカーナに在る。 この父親が今、命に換えても大切にしているのは、娘のミカーナだ。 そして、そのミカーナ本人は、お前さんの事を一番に、父親の事を一番に考えて、この場の家族の中から去ろうと決断した。 詰まり、今のミカーナの本心は、お宅の味方と云う訳だ。 恐らく、ミカーナもお宅と同様に、実の母へ怒りや憎しみを持つのだろう。 そうした想いは、同じじゃ無いにしても似たモノを持っている。 だからミカーナは、この家を去る事でお宅と父親を本当の夫婦に成って貰いたいと思った」
「………」
Kの見解に、義母となる彼女は何も言えなく成った。
Kからして、この義母の女性がこのままで居る為の事を考える。
「その現実は、お宅でも理解しているならば。 ミカーナがお前さんの味方で在る限り、その実の母親でも、姉は家族に戻れない。 最も恨むべき姉に付け入られたく無いのならば、最大の敵となる者の子となるミカーナを自分の娘として受け入れて、この男と一緒に傍へ置け。 ミカーナがお前さんを義母として受け入れるならば、それこそお前さんの望む安住が出来上がる。 違うか?」
夫となる男性を見た義母の女性は、その手を触る。
「もう・・離れたく無い……」
彼女より本音が漏れて、Kは生温い事だけは云う気は無い。
「男と女の関係を深めるのは、何も全てが純粋極まりない愛情だの想いだけ・・とは限らない。 何を望むか、それを見極めた上で、賢く、愛を望む形に居座らせる事を考える事も必要だ。 欲しい相手を手にしたいならば、時には憎む相手の家族だとしても、絆を繋ぐ者として味方にして許す事も必要だ。 賢く、狡く、優しく在る事も、時に人生を豊かにする。 好きな男と愛する温もりを保つ場所が欲しいならば、欲する側が大人になるべきだ」
純粋さを好む亜種人からでは、そうは簡単に出てこない意見が示された。
“あ!”
義母の彼女は、とても素直に受け入れられそうな意見を聴いた気がする。
「そう・・ですね」
彼女が、本心と繋がる現実に向けた本質となる考えに近付いたと察したKで。
「それに、な。 結託する女の強さは、なかなかに強いぞ。 あのミカーナは、あの少女の様で、理知的で大人びている。 下手すると、そのうちに冒険者に成りたいだの。 好きな男を早々と連れて来ては、結婚したいたのと言うさ。 そうなれば何れ、お宅が確りと後釜に納まれる。 その事に支障を来すも、来さないも、お宅の考え方や気持ちの持ち方次第だ。 愛情と願望を見据えて、女らしく上手く立ち回れ。 それを叶える為に支障となる余計な怒りや恨みは、棄てるこった。 その方が、単純に楽になる。 楽に成れば、無理やりに嘘を持つ事も無いし。 それで破滅する事も無い」
「はい…」
頷く彼女が、ミカーナの手伝いにノソノソと向かった。
その背中を見たKは、少し前進する親子を見る。
(ミカーナは、頭が良くて考え方が柔らかい。 この母親の変化には、父親よりも受け入れは早いだろう)
こう思った後、まだ眠る夫を見ると。
(あの女2人が仲良く成ったら、この父親は半ば言いなりだな……。 まぁ、お宅さんの身から出た錆だ。 それは、自分で受け入れろよ)
自分の過去も棚上げして、薄笑いを見せるK。
そして、ミカーナと義母が洗濯を始めた朝方だ。
「う〜、う"、うぅぅ…」
父親が呻いた。
目の前に居るKが、その薄ら開いた眼に顔を見せて。
「気付いたか。 どうだ、痛いか?」
「はぁ、・・い」
「ん。 魔根に血を吸われて、痛みも麻痺していたが。 痛いと云う処からして、感覚が戻って来ているな。 快方に向かう兆しだ」
「あ、り、・・う」
「はっ、礼は娘と妻に言え。 さ、可愛い娘と嫁に介抱されろ」
「は、はい……」
頷くKだが、ミカーナに対して一抹の仲間意識も湧いてか。
「あの娘と妻は、これからも大切にしろよ。 あの2人がお宅を見捨てるかどうかは、お宅の態度次第だ。 可愛い娘と優しい妻を同時に手にしたいのなら、お宅も真っ直ぐに家族を見詰めるこった」
「あ、あい……」
彼の返信を聞いても、頷くこともしないKが席を立ち。
「ミカーナ、親父さんが気を取り戻した。 後の介抱の仕方も教える。 こっちに来い」
「あっ、お父さん!」
娘の声が聴けて、父親は助かったと思ったか。
(ミカーナ・・・)
娘の事を思う。
ミカーナと義母となる女性へ、作った薬の事を改めて教える。 街で求める時に、値段が高いならば、代用としての薬から。 また、動ける様に成ったらどうするか、それも教えた。
ここからでは解らないが、外の空が少し白み始めた。 起こされたオリヴェッティは、2・3日は経過を見たいと街への逗留をKへ言った。
直ぐに旅立つと成る筈が、面倒に巻き込まれて、そう成る。
だが、リルマやリュリュが引き留めるとも察せられたので。 ウォルターやクラウザーの身体の休めも欲しいと云う意見から、それはもうチームの一存と成る。
次の試練の前に、奇妙な数日の暇が出来た。
~ 第3部、前 完 ~
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仮の後書き。
*内容が全て消えてしまった為、作成した半分を此方に掲載します。 この続きは、作成が終わり次第に、後編として別の話として掲載致します。
後より、少し修正も入ろうと思われます。 この内容は、こうしたモノと読んで頂ければ幸いです。
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