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≪ 停泊の間に視れる人間模様。 終わる者、新たに踏み出す者、そして…。 ≫
★
夜の長さは、不思議なものである。 永遠の様に感じられたり、夜明けが待ち遠しかったり。
一人で眠れないのは、クラウザーだけではない。
個室で寝ていたオリヴェッティも、一人で色々と考えていた。
(あぁ…、どうしよう。 ビハインツさんと、ルヴィアさんを誘ってもいいのかしら。 でも、秘宝の話は……。 はぁ…、どうしよう)
Kは、全て自分に任せると言った。 リーダーは、オリヴェッティだと決めているKとクラウザー。 文句を言われる事は無いのかも知れないが、オリヴェッティはリーダーなど初めて。 何処までが良くて、何処までが悪いのか解らない。
“仲間を増やしていいのか”
と、Kに聞くのもなんだか違う様な気がする。
然し、これから先だ。 探す秘宝を巡り、Kやクラウザーに細かい迷惑を及ぼすのも悪い。
(はぁ。 誘うつもりで街に連れ出したのに…、コレじゃ何もしないで終る。 私、馬鹿だわ)
リュリュを寝かし付けてから、部屋に戻ったオリヴェッティだが。 妙に暇な空気に返って眠れなくなってしまった。 アレコレと考える事は、今までで初めてのことばかり。 何とも、考えが纏まらない。
オリヴェッティ自身は、潔さも決定も早い方だと思っていた。 だが、慣れぬ事では、こうにも悩むものかと困ってしまった。
また、何より一番に不思議なのは、リュリュである。 人を嫌い、街すら襲った風の神竜ブルーレイドーナ。 その子供であるリュリュのKに対する信頼度は、一見してもとても深い。 何故なのか、オリヴェッティの今の所の最大の謎である。
さて。
その夜の深夜は、大雪が降る夜だった。 静かに雪に閉ざされつつ在る街の一角で、凶暴な牙が蠢いていた。
街が完全に寝静まった頃である。
「ふぅ…」
Kが昼過ぎに脅しを掛けたジョンソンが、あの一件の在ったリビングの奥の一室。 下着姿の女性を行かせた部屋から、バスローブ一枚を羽織っただけで出て来た。
ランプも灯っていない暗いリビングには、もう誰も居ない。
「はぁ・はぁ・はぁ…」
一方、ジョンソンが出てきた部屋のベットの上では、全裸の金髪女性が激しい情事の直後で、息も荒くして失神しかけていた。 その露になった豊満な胸には、白い液体が垂れて見えている。
女性を散々に弄んだジョンソンは、冷め冷めとした部屋で震えた右手を咄嗟に左手で抑えるや。
(クソったれっ!!!! ま・まだ、身体の震えが治まらねぇ…。 あのバケモノっ、今頃に姿なんか見せやがってっ)
内心でKを憎み。 そして、慄いた。
このジョンソンが、まだ30歳を迎える前の頃に。 マーケット・ハーナスと云う国で、暗黒街を作ろうと画策した事が在る。 麻薬や盗品の密売から暗殺を請け負うことで権力を確立し、街に自分の勢力圏を作ろうとしたのだ。
そして、それを阻止をしたのがKである。
昼間にKは、ざっくりと200人ぐらいと云ったが。 凡そだが、正確に近い事を云えば290人もの刺客や殺し屋、堕ちた冒険者を金で掻き集め。 Kを街の港に在る倉庫に呼び出して、ジョンソンは殺そうとした。 だが、結果は正反対。 雇った刺客や殺し屋達は尽く破れ、失禁をして命乞いをしたジョンソンは、役人に捕まった。
実は、今のジョンソンは脱獄逃亡犯なのである。
過去に、Kに潰された時は仰々しくも、“ジョンヘンダーソン・ハホルビー・マインアンダーソン”と言う貴族風の偽名を使っていた。 今名乗っている“ジョンソン・マイランダー”とは、適当に本名を捩ったに過ぎないのだろう。 似たような名前を付けていた御蔭で、悪辣な商業の遣り方と繋がってKにバレたのだ。
昼過ぎにKと会って、ジョンソンは殺されると思った。 指先一つで突き飛ばされた後、戦慄から震えの治まらない彼は、“ライナ”と呼んだ女性を強引にベットへ引き込んだのである。
(あの死神が此処に………。 クソっ、この国でも潮時かぁっ?!!)
Kに対する恐れ、苛立ち、混乱が彼を襲い。 その恐怖に抗う為、長く情事に耽った彼は喉が渇いて、酒の在るリビングへと出て来たのだ。
(ちっきしょうめっ!)
窓の手前に備えられた台の上。 デキャンターに残された若い白ワインを持って、苛立ち任せでコルク代わりのガラス栓を引き抜き。 そのまま一気に呷ったジョンソン。 そして、明かりが漏れる寝室を脇目に、ニヤりと不気味な笑みを浮かべ。
(へっ、あの女、マジで中々じゃねぇ~か。 僧侶の割りに、大した乱れっぷり。 どうせ殺すにしても、飽きるまでは甚振ってやる。 恐っかない目に遭った後なだけに、あの身体は……)
と、卑しいニタリ顔を見せる。
だが。 Kの残した死の呪いは、此処で仕掛けが発動する。 果汁そのものの味わいが強く、果物の甘さを残した若いワインが喉を通って、腹に染みて行く。 甘さを欲したジョンソンがもう一口飲もうとした、直後だった。
「う゛おあ゛っ!!」
突然、身を潰される様な痛みを覚えたジョンソンは、喉から下の胸を抑えて声を絞った。 叫ぶと云うより、とてつもない激痛で呻きもがく様な、そんな嗚咽を出したのである。 デキャンターを床に落とし、ガックリと膝を折って蹲って行く。
「ガハァッ!! ぶぅっ、うがぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
目の両端が裂けそうなぐらいに眼を見開くジョンソンの瞳は、一気に充血して今にも飛び出しそうな様子を見せた。 激しく苦しみ。 Kに突き飛ばされた自分が壊したテーブルが、今もそのままに成っていて。 そのテーブルの残骸に倒れ込み、もがき足掻く彼だった。
そのジョンソンが苦しむ異様な音に気付いたライナと言う女性は、まだ荒い息のままに布団を身体に当て。 ベットを降りた。
「ど・どうした・・の?」
暗がりのリビングを見たライナは、何かを掴み上げる様に伸ばしたジョンソンの手だけを見て。
(な・何っ?!)
と、ベット一つでもう間一杯と云う寝室の入り口。 壁掛けのグラスランプを引き抜いて。
「ね・ねぇ……」
と、ジョンソンに近づいた。
その顔が見える所まで後、半歩と云う所で、ライナの鼻に血の匂いが漂って来る。
(えっ? まっ、まさ・まさかっ?!)
脳裏を掠めた予想を確認しようと一歩をゆっくり踏み出し、灯りが届いてジョンソンの顔が見えた彼女は、グラスランプを落さない様に持つのが精一杯だった。
「はっ! はぁっ、はぁぁぁ……」
あまりの光景を目の当たりにし、急激に乱れ詰まる呼吸。 恐怖に膝が笑って、その場にヘタリ込むライナ。
ジョンソンは、もう絶命していた。 目、鼻、口、耳・・顔のあらゆる穴から血を噴出させ、眼球を飛び出させる様にして……。
ライナは、アルコールの匂いを嗅ぎ。 死んだジョンソンの傍に転がり、ワインがポトポトと零れるデキャンターを見て。 昼間に、Kが言った言葉を思い出す。
(ひ・ひひ・・昼間の、あ・あの人がぁぁっ?)
脳裏には、包帯を顔に巻いたKの姿が浮かんでいた。
★
そして、夜が明けた。
クラウザーは、カルロスと共に早朝も終わる頃に船へと戻って来たが。
「ケイ、此処に居るのか?」
と、一人で寝続けるKに元に来て云う。
「あぁ。 御偉いジサマは、今日も何処ぞへ顔でも出すんか?」
ソファーに横に成ったままのKへ、クラウザーは肩を竦め。
「隠し事が出来んの。 夜中に、海が荒れていて戻った船も在るらしい。 他の船長や商人が来る寄り合い場が在る。 其処に、少し泊まろうかとな」
背凭れ側に寝返るKは、
「その中には、分散させた自分の船団でも?」
「………、あぁ。 ワシの息子が、孫を乗せてな」
「なぁ~る。 道理で、声が少し焦って早口な訳だ。 ならこの船は、弟子にでも任せたらどうだ? アンタより、ツキ以外は出来の良さそうな・・な」
クラウザーは、焦りを悟られたと思いながらも。 少しも嫌に思わず。
「ウィンツに、か…。 ま、ワシの船団なら、そうしたな。 だが、この船は他人の船だでよ」
「そうか……」
深読みをするクセに、こうゆう所では突っ込んだ質問をしない。 なんとも、歯痒さを覚えるほどに節度が利いている。
「………」
黙って動き、Kを一人にしたクラウザーは、船長室に上がった。 操舵室に踏み込めば、ウィンツやブライアンが掃除をしようとしている。
「おいおい、ウィンツ、お前は何を? 俺の船じゃねぇんだ。 金も出さないのに、下働きなんぞ…」
だが、ウィンツはモップを手に動き出し。
「親方、色々ありまして。 俺・・コイツ等と共に解雇されちまった」
「あ゛?」
クラウザーは、ウィンツが沈めた船を含め責任を取らされて、莫大な借金を背負わされた形で奴隷化されると思っていたのに…。 それがアッサリと解雇と聞いては、驚くしかない。
少しぎこちない雰囲気のウィンツは、チラッとKを視界に入れて。
「ホラ、向こうで寝てる男が・・その、俺を自由に……」
「ケイが?」
「そう。 ま、その~フラストマドまではこのまま行きたいんだ、親方。 俺達を、その間だけでいいから働かせてくれ」
突然の驚きも納得と、軽いため息で解(ほぐ)すクラウザー。
「ふぅ~…。 色々、起こす男だわな。 まぁ、昔よりは人間臭くていいか。 ん・・解った、カルロスと船を留守にするから、船の事は他の手下と一緒に頼む」
ブライアンは、有名なクラウザーに会えて感激し。
「ありがとうございますっ。 あっ・ありがとうございますっ!!」
と、苦労を刻む肥えた身体を小さくするほどに頭を下げた。
クラウザーは、もう捨てたハズの昔の船団を組んでいた頃を思い出しながら、下へ先に向かったカルロスを追う形で操舵室を後にする。
(なんだかな。 身体が・・少し熱いゼなぁ)
必死で働いてた若い頃の自分。 そして、ウィンツの若い頃を思い出し、心に温もりが湧いた気がする。
階段を降りて、Kが寝ている部屋に行く隠し扉をチラリと見たクラウザーは、食えない笑みを出し。
「バカ」
と、声を出さずに言った。
さて、こんな中。
朝から苦労してるのは、オリヴェッティ。
リュリュは、Kが居ないので張り切る様に暴走を見せ。
「ヤダあ~、ボクまだ子供なのぉ~。 オネ~サン達と一緒にぃ~、オフロってのに入りたぁ~い」
朝風呂に行こうとしたルヴィアやオリヴェッティと一緒に、女の浴場へ来ようとするし。
「ヘェ~、“自由にお取り下さい”って、全部食べてイイんだぁ~」
と、自由に料理を取って食べる“オープンスタイル”で用意された一般客向けの料理を、全て一人で食べようと頑張り。
更に。 その、見た目の良さで、別の客の貴婦人を誘惑するし。
オリヴェッティは、面倒を見るのに疲れ。
(あの、ケイさん。 躾って・・どうしますの?)
と、青筋を額に浮かべていた。
ルヴィアは、リュリュのエネルギッシュと云うか、猛烈な行動力に呆れを通り越し。 目が点に成る程の脱力感を覚え。
一方で、ビハインツは逆に感心し。
「うむむ、こうも奔放に生きれるとは素晴らしいっ。 俺も、是非見習わねば…」
と、頷いている。
宿の従業員に睨まれながら、身を縮めて外に出たオリヴェッティは、ビハインツの案内で先ず服を買える店に向かった。
この世界では、新品の服を買うのは仕立て屋などを巡り、体系に合わせて服を揃える店で買うのが普通。 ただ単に新品に拘らないならば、古着を直して安く売る文字通りの古着屋に行くか、のどれかに成る。
オリヴェッティは、新品など何年も買った事が無く。 寒い一時期を過ごすのみだからと、安い古着屋へ連れて行って貰う事に。
但し、古着屋と云っても、吹き抜けの広く高さも或る倉庫の様な場所に、何万と云う古着を無造作に畳んで、飾り気の無い陳列棚に置いてあるバザールの様な場所も在れば。 洒落た店構えで、仕立て屋などが直営するしっかりとした店も在る。
女同士で、ルヴィアとオリヴェッティは気が合い。 長々と店を覗いては、リュリュを着せ替え人形の様にしたり。 ガウンやマフラーやコートなどを試着して回り、久々に女性らしい事をする。
リュリュは、相変わらず女性の衣服に興味を持ったり。 他の冒険者風の客や、住人の女性に擦り寄っては、オリヴェッティとルヴィアに怒られたりしていた。
羨ましいとビハインツは、リュリュと一緒に行ってみたが…。 変態でも見るかの様な女性の視線に、一撃で粉砕された。
そして、リュリュに蒼いマフラーと、手編みのミトン風の手袋を買い与え。 自身とルヴィアには、下着と上に羽織るコートローブを新調し。 ビハインツは、頭に被る帽子と、鎧の下に着込むベストを買った。
午前で疲れたリュリュとビハインツは、王立図書館に行く昼過ぎは、昼寝時。 図書館の待合場でグースカ寝始める。
出店で買った温かい紅茶で暖を取り。 ルヴィアと共に、モンスターや古文学を調べるオリヴェッティは、Kの言っていた事を復習したり。 東の大陸に必要な知識を探したり。
ルヴィアと探したい事や調べたい事を話し合い。 お互いに、分厚い本を持ち集めては、調べながらアレコレと。
「ルヴィアさん、一つ聞いても?」
二人が席を並べる前のガラス張りの窓の外は、断続的に雪が降る。 植えられた背のかなり低い樅の木が、真っ白に雪化粧していた。
「ん、何だろうか?」
「ケイさんが戦う時に見せた黄金のオーラって、なんでしょうか」
「私も、それが・・判らない。 似た様なものでは、“体気仙”(たいきせん)と呼ばれる格闘体術の一つが、それだ。 体内に流れる生きた生命波動を、魔法の様な使い方で具現化出来るようだ」
「なるほど。 それを体得出来れば、ケイさんの様に使えると?」
「いや、其処が最も解らない。 この~・・・、“体気仙”の説明を読む限り、あのように攻撃的な用途では無く。 主に、ダメージ軽減や、恐怖(フィアー)に対する緩衝効果。 手や足にオーラを纏わせ、普通では格闘技の効かぬゴーストモンスターにぶつける事で、それなりのダメージを与える事が出来る様だがな」
「そうですか。 ケイさんは、完全に攻撃に使用していましたね」
「あぁ。 また、この書物を読むに、呼吸をする様にこの体術を会得が出来ると、だが。 魔法の様に、至近距離の敵になどに波動を飛ばして、攻撃の手段には出来ると書いては在るのだが…。 あのケイ殿のソレは、尋常ではない」
更にルヴィアは、古い文献を漁り。
「然し、オリヴェッティ。 そなた、〔影の線〕と呼ぶ現象が知りたいとも言って居られたが? このような一文と、挿絵が在るだけ。 天文学的な説明は、然程の量の無い半ページだけだな」
一緒に調べてるルヴィアも、“影の線”については、今日に初めて知った。 太陽が月の影に隠れる時は、恐ろしき天変地異が起こる時と文献に在り。 航海をする船乗りは、様々な気象の変化を観察する必要が在ると書いてある。
“影の線”が通る道の簡単な地図には、モンスターの活動が活発化し。 過去に異常とも云える事件を引き起こしたと説明が……。
調べれば調べる程に、半端な説明ばかりが見つかり。 Kの知識力の深さが、更に解る気がした。
さて、夕方。 図書館を出る頃には。
(やっぱり、ルヴィアさんやビハインツさんも、チームに誘ってみようかしら。 もし、二人が宜しければ・・だけど)
と、決めた。
今夜。 もう一泊してゆっくりしながら、この気持ちを伝えて見る旨を考えたオリヴェッティだった。
★
寒波の影響でか、雪が止む切れ間が見えず。 曇天の空は、闇を早める。
あの、ジョンソンが死んだ部屋は、別の遺体も揃い。 二体の遺体が、部屋に転がる。
一つは、ワインを飲んで死んだジョンソン。
だが、ジョンソンがKに脅されたソファーの上には、何と受付に立っていた中年の男性の遺体も転がっていた。 黒い正装の上着とコートを貫いた刺殺痕は、刃渡りの長い中型剣以上の物で刺された痕だ。
この部屋には、もう誰も居ない。 用心棒も……。
いや、奥のジョンソンの遺体の場所まで来れば、もう一つ遺体が在る。 ライナと言う女性を、ジョンソンが嬲り尽くしていたベットの上。 背の低い若者で、身なりの中々良さそうな者が死んでいる。
増えた遺体。 一体、あれから何が在ったのだろうか。 そして、ライナと云う女性は、何処に消えたのだろうか。
白い雪が、古い街を純白に染める。 だが、その雪の下には…、誰にもまだ悟られない事件が蠢いていた。
その一端は、夜の歓楽街の片隅で動いている。
雪が降る、飲み屋の集まる大通り。 冒険者や旅人に、働く一般人が混じり。 ガヤガヤと往来の喧騒を生み出す。 店の看板を照らすランプや、街頭の灯りで昼間の様に明るい中で。
白い女神の刺繍が入ったローブを着て、フードを深深と被る女性らしき者が。
「あの、スミマセンが…」
微かに声を震わせながら白い息を吐いて、擦れ違う冒険者5・6人の一団に声を掛けた。
「あん? なんだぁ?」
結構酔った女性剣士は、自分を心配する仲間を止めて、僧侶らしき女性の声に応じる。
「私、人を探してます。 ユリアンと云う、40歳前後の剣士を知りませんか?」
酔っている女性剣士は、
「知ってるか?」
と、仲間に聞く。
「いやぁ」
「さぁ」
と、仲間が返すと。 そのまま尋ねて来た女性僧侶に向かい。
「悪いぃ~、知らないねぇ…」
すると、女性の声をした僧侶は、更に。
「では、顔に包帯をした冒険者らしき人は?」
と。
すると、背の低い痩せた中年のマントを羽織る者が。
「顔に、包帯…。 そんなの・・・って、え~っと、去年・・いや、一昨年だったか、居たなぁ~」
すると、また別で。 戦女神の刺繍を入れたマントに、腰へ剣を佩く神官戦士で、ガッチリとした体格の女性が。
「あ~~~、ホラホラ。 “風のポリア”達とだが、一緒に居たヤツじゃないか? グランディスの面々を助けたとかの、あの時だ」
と、云えば。
別の魔法遣いらしき男性が。
「あ~、そうなの? 俺、解らない。 今年の頭に此処に来たから」
と、返す。
一昨年と聞いて、女性の僧侶は。
「私は、数日前に街中で見掛けたのですが…」
リーダーらしき酔った剣士の女性は、
「それならぁ~斡旋所にでもいきなぁ~。 明日、聞いてみるといいさぁ~」
と、呂律の回らない口調で返す。
「そうですね。 ・・すみません」
僧侶らしき女性は、冒険者達に正しく頭を下げた。
白い息を吐き、杖も持たずして歓楽街の人混みに消えゆく女性僧侶。
その姿を見送る酔った冒険者達は、直ぐに宿屋街の方へと進み出す。 その話題に上がるのは、一気に有名に成る階段を駆け上がり出したポリア達の事であった。
だが。 また別の通りでは。
「チョットいいか?」
眉間に痘痕が見える中年の冒険者が、3人連れの冒険者に声を掛ける。 太い刀身のバスタードソードタイプの剣を腰に帯び。 印象としては、炙れて斡旋所に屯する冒険者の風体だった。
「何でしょうか?」
夜の繁華街で話を受けたのは、礼儀正しそうな青年剣士で。
痘痕を持つ見栄えの宜しく無い冒険者の男は、
「女を捜してる。 僧侶で、杖も持ってない女だと思うのだが。 見た事は無いか?」
すると、片刃の長柄ニードルランスを短くして背負う憮然とした女戦士が。
「何でそんな女を捜すんだ? 何か、悪い事でもしたのかい」
と、尋ね返す。
まぁ、こんな怪しい輩が女を捜すとなれば、逆に怪しむのも当然と云えるか。
「アンタ達には、其処は関係無いさ」
すると若い剣士は、尋ねて来た男性に一礼し。
「その様な女性は、斡旋所にも居ませんでしたよ。 面倒は困るので、これで失礼します」
と、痘痕男の脇を通り抜けた。
若く背の低い少女の様な魔術師が、恐々とした顔で痘痕男を見て何かを呟く。
(チィ)
歩き去る3人の冒険者を睨んだ痘痕男は、情報が無い事に苛立って居る様な感じだった。
さて、所は代わってクラウザーの船の中。
ウィンツは、Kと一緒に船内ラウンジに居て。
「なぁ、アンタの過去って、一体どんなだったんだ?」
と、パンを齧る。
クラウザーは、船内で音楽や演劇をを行い。 船に残る客を楽しませる芸人達には、軽い褒賞を出していた。 その報酬を目当てにして、旅を続ける楽師や歌手が、中一階の広いラウンジにて歌を歌ったり、音楽を奏でたりしていた。 そして、その歌や音楽を聴きに、客が一階の廊下やラウンジに集まっていた。
ウィンツを前にして、テーブルに座りパンを食べ。 ゆったり時を過ごすKは、その集まる客達を見ながら。
「忘れた。 チョイト病気に罹って、この通り」
と、包帯を巻いた顔を指差す。 洗い晒しの包帯を顔に巻いているKだ。 ウィンツも納得が行くと。
「辞めたのは、病気が元で記憶に影響が?」
「んま、そんな所か。 それに、殺伐とした生活なんて長くは続かねぇ~よ」
「なるほど、確かに…。 処で、お仲間は~今日も街に?」
「多分なぁ~。 気が通えば、あのアンタの船に居た二人も仲間に誘うかも知れん」
「アンタは、それでもいいのか?」
「いいんじゃぁ~ないか? 俺は、なんだかんだ云ってもリーダーじゃ無いし。 お宝の有無が決着したら、どうせ抜ける。 クラウザーだって、同じだろうしよ。 リュリュだって、いい加減に家へ帰さないとな。 オリヴェッティの今は、仲間が皆それぞれ有限だ。 然し、あの二人を加えれば、一人残されずに済む。 丁度イイんじゃないかと思うがな」
「だが、あの娘はイイ女だろう? アンタ、男として狙わないのか?」
ウィンツは、マキュアリーの手前で言えた自分では無いが。 思わず口から出た。
Kは、面倒臭そうに。
「もういい。 今は、長く一緒に居る物を欲しくない。 人も、物もな」
Kは、ゆるやかに言う。
だが、聞いたウィンツには、少し物悲しく聞こえた。 何処か、吐き捨てる様な印象を受けたのだ。
オリヴェッティもまた、Kやクラウザーやリュリュが、一時期だけしか一緒に居ない事は承知していた。 だからこそ、自分でチームに招いた誰かを見つけたいと思う事は当然だと思う。 親しい誰か、気の合う誰か、自分と長く冒険者として居てくれる誰か、だ。 そして、自分が、相手に・・仲間にと認めた誰かが必要だった。
その点に於いて、あのルヴィアやビハインツは、正にピッタリの相手だったのかも知れない。 今まで、彼方此方のチームに入って、一時を過ごすだけの日々とは違っている。 オリヴェッティも、形として誘い易い二人であった。
Kは、オリヴェッティのマイナス面も見抜いていた。 学者として、一族は汚点を背負い。 はっきり名前を出して、チームを組む事すら憚られていたオリヴェッティ。
だが・・、いや。 もう歴史と云う時の流れの中で、オリヴェッティの家の汚点すらも、過去の事だ。 知らない…。 または、忘れている者も多いだろう。
一族の過去のそれに固執してしまっているのは、世間の辛い仕打ちを受けた本人のオリヴェッティであり。 そして、オリヴェッティの過去が、そうさせている。
もう、今にそんな事を拘るのも時代遅れだと、このKは解っていたのかも知れない。 だから、彼女を態とリーダーに据えたのだろう。 オリヴェッティが自分の手で、これからの自分の道を作り易い様に…。
Kがオリヴェッティにリュリュを任せるのも。 オリヴェッティにリーダーとしての自由を与えるのも。 オリヴェッティに歩かせる為なのかも知れない。
ま、これ迄はオリヴェッティ自身が秘宝に関する有力な情報を持たない分、全ては絵空事の様な物だったから。 それは仕方の無い事だったのかも知れない。
だが、今は違う。 オリヴェッティは、初めて自分で立っている。 自分の足で冒険者達と話し、自分の意思で何かを見極めようとし出している。 この傍に、ご意見番の様にKが居てやるのは、多分は意味が無いだろう。
そう。 Kと出会ったオリヴェッティは、精神的に、冒険者としての独り立ちの時期を迎えていたのだ。
この夜も街で宿を求めたオリヴェッティは、個室二部屋と二人部屋を取った。
ビハインツとルヴィアを個室にして、リュリュの面倒を見る上で二人部屋にしたオリヴェッティ。
「わぁ~い、オネ~サンといっしょ~」
リュリュは、オリヴェッティと一緒に泊まれると喜んでいる。
塔型の宿で、全10階。 一階のロビー奥には、浴場と軽く休憩して飲食出来る共同リビングだけがある宿。
外で食事を済ませた一行は、宿に泊まって。 男女に分かれて風呂を共にした。
オリヴェッティは、入浴後にルヴィアとビハインツの二人に話が在るので。 出たら、暖炉で暖める共同リビングに居て欲しいとだけ告げた。
そして、オリヴェッティは、ルヴィアと二人で風呂に。 裸の二人が身体を洗う中。 一度乾燥させたバラの花びらが入れられた大きな浴槽から、バラのいい香りが大浴場に漂う。
身体を洗い、桶で湯を汲むオリヴェッティに。 手に石鹸と塩の泡を混ぜた物を付け、直接身体を撫で擦るルヴィアが。
「なぁ、オリヴェッティ。 我々に話とは、“仲間”に・・か?」
身体中を洗った石鹸の泡で塗れさせたオリヴェッティは、頷きながらお湯を浴びる。
「えぇ」
「なら、そんなに改まって告げる事でも無かろう?」
お湯を汲むオリヴェッティは、白濁としたお湯を掬いながら。
「私ね。 実は、チョット目的が在って冒険者してるの」
「目的?」
「今日、“影の線”の事を調べましたでしょ?」
「あぁ。 それが?」
「私の一族って、超魔法時代以前から栄えて、海賊に落ちた“海旅族”の秘宝を追ってたの…。 私も、その秘宝を探してる。 没落したウチで、最後に残った遺品。 それが、その秘宝の手掛かりなの」
「面白そうな話ではないか。 古代の秘宝か、一体どんな物なのだろうか…」
遅めの時間帯で、他に浴室へと入る女性が居らず。 オリヴェッティは、濡れた髪の毛を裸体に纏うルヴィアが、確かに綺麗だと思いながら。
「地元じゃ、私の家は気の狂った一族だと云われたわ。 家も土地も本も失って・・、放り出された。 秘宝の事を他の土地の学者に聞こうとして、女だから軽く見られて・・襲われた事も1度や2度ではないし。 何度、人に魔法を使ってしまったか。 もう他人が怖くて、誰に聞いていいか解らず、もう5年も各地を旅して回ったわ。 騙された事も、一度や二度じゃないし……」
お湯を浴び始めたルヴィアは、手を止め。
「随分と危険な目に遭っているな。 良く、これまで無事でいたものだ」
すると、オリヴェッティは唇を噛み。
「そんな、キレイな身体じゃ・・ないわ」
「ん? ……そうか」
同じ女だ。 オリヴェッティの様子から、何が在ったかは解る。 オリヴェッティの人格を知るだけに、ルヴィアは憤りも同時に覚えた。
オリヴェッティの洗い流した褐色の肌は、お湯の拭いを掛けられ艶やかな肌理を見せる。 湯が石鹸を洗い落として現れる、艶かしい肉体。 褐色の肌をした胸だが、その乳房は桃色で若々しく見える。 知的な優雅さも漂うオリヴェッティ…、こんな美人が一人で旅をするのだ。 確かに、危険も付き纏うのは当然だろう。
一方。 ルヴィアも、また…。 服を着ている時のスマートな身体つきとは、今は思えない肉付きの良さを伺わせる裸体。 女性として、育ちの良さから魅せるその凛とした姿は、異性の目を惹くに十分。
話を聴いたルヴィアは、これまでのオリヴェッティの苦労をなんとなく感じ取れた。 そして、彼女を観たルヴィアは、オリヴェッティの髪の間、肩と腕の境目に傷を見つける。
「この傷は? 変わった傷跡だな? ん、これ・・まさか歯型か?」
「えぇ…」
「オリヴェッティ、人に噛まれたのか?」
「………」
黙ったオリヴェッティ。
ルヴィアは、よもやKがしたとは思えず。
「それは、ケイのした事…では無いであろうな?」
「え? あっ、勘違いしないで。 コレは、18歳の時の傷よ。 襲われた男性に捕まって、数日ぐらい監禁されたの。 私を自分の妻にしようとして…、傷物にするつもりで、噛み付いてきたわ」
「なんとっ 卑劣極まりない横暴なっ!!!」
「あ、有難う。 正直、ほ・本当に怖かった。 肩だけじゃなくて、足や腿の内側も……。 乳房とか噛み切られないだけ、マシだったのかも…」
「何とっ………。 だが、良く助かったな」
「うん。 その監禁した学者に妹さんが居て・・、彼女が私を逃がしてくれたわ。 でも、怖い体験だなんてそれだけじゃないわ。 ホラ…、一緒のチームに入るのだって、男性ばかりのチームに入るのって、ちょっと無理でしょ? 他にも・・旅の仲間を見つけようと思って、逆にチームを組んだ相手に狙われた事もあるし」
「オリヴェッティ、はぁ……。 お主、そんなに?」
少し泣きそうなオリヴェッティは、笑顔を浮かべ。
「ケイさんにも言ってない話だから、みんなには内緒に……」
歪んだ顔の作り笑いを浮かべるルヴィアは。
「解ってる」
先にと、湯船に滑り込むオリヴェッティ。
「正直な所よ。 直ぐ・・秘宝が見つかるかは解らないわ。 でも、私は、探したい。 ケイさんが、曽祖父の残した詩の意味を教えてくれたから」
洗い流した身体を、オリヴェッティの隣へと沈めたルヴィアは、肩を並べ。
「あの男か。 幽霊船を一撃で沈めるなど、普通では無い。 嘘を教えられても、信じたくなるな」
「えぇ……。 在るのか、無いのか。 行き着く先まで、行って見たいの。 ケイさんが居る今なら、行けそうな気が、・・する」
ルヴィアは、オリヴェッティが何故に仲間の誘いを改めたか解った。
だから……。
「私は、いいぞ」
「えっ?」
「一緒に、何処までも。 どうせ、政略結婚だの、権威増幅の見合い結婚だのが嫌で、家を捨てた私だ。 世界の何処か、歴史に埋もれた秘宝を探すなど、面白過ぎて願っても無い」
と、前を見て言ったルヴィアは、今度はオリヴェッティを見て。
「探そうじゃないか。 その秘宝とやらを………」
オリヴェッティは、長年一族が探した物であるから。
「ウチの一族は、その秘宝を百数十年も探したわ。 もしかしたら、二人で御婆ちゃんに成るかも」
「ふっ」
と、想像して笑ったルヴィアは、
「最後は、杖でもついて行かねばなるまいか?」
見合った二人は、互いに杖を持った自分を想像して、お互いで笑い出した。
風呂から出た二人は、待っていたリュリュとビハインツに合流。 ある程度を話したオリヴェッティは、ビハインツにもチームへの誘いを掛けた。
「秘宝・・か。 なんだか面白そうだな。 まぁ、キミがリーダーなら文句は無い。 あの包帯を巻いた男も気に成るし、加えて貰おうかな」
こう応えて来た。
リュリュは、ルヴィアが一緒に成ると喜び。
「やった~、オネ~サンがふえたぁぁ~」
ガウンローブに身を包むルヴィアは、リュリュに。
「そんなに嬉しいか? なら、貴族の躾を教えてやっても良いぞ」
オリヴェッテゥは、幅の広い椅子に座りながら。
「それって、厳しいのですか?」
「あぁ。 ビシビシと」
(え゙?)
話の雲行きがおかしく成る事に違和感を覚えたリュリュは、はしゃぐ途中で止まり。
「まぁ、是非お願いしたいわっ」
と、声を弾ませてオリヴェッティが了承した事にビビリ。
(あれ? なんか違~う……)
この背筋に冷たい物が流れる気分は、なんであろうか。 此処に、Kは居ないのに……。
★
K達を乗せた船が、ホーチト王国の王都マルタンで停泊して3日目に成る。
マルタンの街の影に蠢く悪意を動かしたのは、誰でもないKだろう。 そう、ジョンソンを体術の闇型(ヤミカタ)と呼ばれる急所を突く仕業で殺したのだ。
正式には、“秘殺誅・気孔死”(ひさつちゅう・きこうし)と云うもので。 生命波動の流れの集まるツボを壊す所業である。 暗殺者ですらもう使えぬ秘術で、気の巡る気脈を正確に突くなど……。
Kはその技を用いた。 要は、ジョンソンがお尋ね者だからだ。 生死を問わないお尋ねの賞金首に成っていたのである。
オリヴェッティやリュリュの手前、生活に困って居る訳でも無いし。 名を広める事もしたくなかったから、暗殺したしただけ。 それに、斡旋所の主とは、ポリアの一件で知り合う仲に成った。 ジョンソンの賞金を受け取りに行けば、どんな事態が待つか解らない。
そう、係わり合いを嫌ったが故であった。
だが。
この事態は、別の一面を秘めていた。
その部分がKに向かって集まる切欠は斡旋所で、である。
北の山まで行かないと大雪など滅多に無いマルタンが、寒波の影響で雪の朝を迎えた午前中。
「あ~、チームに加盟な。 え~っと」
マルタンの斡旋所の主をしている男は、Kとポリアの出会いの話でも書き記した大男である。 硬太りの厳しい中年と見受けれるのは、顔がゴツくて年齢が顕著に解る風貌では無いと云うだけ。 実年齢は、もう50半ば近くへ踏み込んでいる
一階の広いフロア。 その中央に在る円形カウンターの内側に陣取る主は、ガッシリとした古い木の椅子に座って仕事をしていた。 朝から、チームの加盟や削除の仕事に追われ。 今さっきは、雪掻きの急募依頼を駆け出しの冒険者20名程に回したばかりであった。
また、別のチームのチーム解体と、新チーム結成を受け。 黒い表を見せるノートに書き込んで居る。
其処へ。
「お父さん、依頼の張り紙が出来たわ」
と、女性の穏やかで優しい声がして。
「マァマ~、ジィジィ~あわぁ~」
と、続いては幼い子供の声までする。
カウンター前に集まった3人の冒険者達と共に、主(通称:マスター)も女性の声のした方を向く。
「おう、オリビア。 済まないな」
主は、僧侶の服を着て1歳を過ぎたぐらいの子供を抱く女性から紙を受け取った。
「これ、頼む」
同じ円形カウンターの内側で、下働きとして手伝う30前後のバンダナをする男性に紙を渡す主。
だが、その後も書く手を動かさず。
「ライリー、ママとお手伝い偉いな~」
厳しくふてぶてしい面構えをした主が、目じりを緩めて女性の抱き抱える子供に笑った。
見ている冒険者達からするなら、
“気持ち悪い”
なのであろうが。 孫が出来たからには、この一癖持った主とて“お祖父ちゃん”に成る訳で。 こうゆう一面も出て来る訳だ。
そう、子供を抱えるのは、Kが率いる合同チームに助けられたオリビアであり。 二階で張り紙を作ったり、二階の特別依頼の場を任されているのは、オリビアの夫で“グランディス・レイヴン”のリーダーであるサーウェルスなのだ。
サーウェルスは、半年此処で主の補助として暮らし。 動き易い季節の半年だけは、冒険者として動く事を決めた。 時折、腕の足りないチームに一人で加わったり。 力仕事に精を出して身体を鍛えている。
以前のサ-ウェルスに比べ、落ち着きと見識が備わりつつあり。 何時も横柄で悪態しか見せない主だが、サーウェルスが行く行くはこの斡旋所の主と成ると思っていた。
サーウェルスとオリビアは、まだ20の半ばを幾らか過ぎるぐらいで若い。 斡旋所の主であるオリビアの父親は、なんだかんだ言いながらも30半ばを過ぎる頃までは、冒険者を許す気でいた。
だから……。
“フン。 子供が出来た身分で、未だに冒険者とは情けない。 とにかく、お前達の身に何か有ったら、ライリーはワシが引き取る。 だが、一人じゃライリーも可愛そうだ。 後、3・4人は兄弟を作れ”
こんな事を夜に言う主は、孫の存在が満更でも無く。 娘夫婦に長く居て貰いたいから云うのだろう。 サーウェルスやオリビアの方が、言い草に呆れても、それに慣れて来た。
この一年後。 ポリア達がフラストマド大王国に向かったと聞き。 その後を追って冒険に出たサーウェルスとオリビアのチームは、セイルとユリアが関わる一件で活躍するのである。
さて。
チームの決裂をして、二つに分裂したチームの処理を終えた主。
「はぁ…。 暖炉3つも炊いてるのに、寒さが堪えるなぁ~。 いい加減、雪も打ち止めにして欲しい所だ」
と、焼けた石を入れた火鉢に手を寄せる。
カウンターの内側に屈んで、火鉢に手を向ける下働きの男も。
「ですね。 あ、そう云えば、朝に聞きましたが。 あのジョンソンが殺されたそうですよ」
「あ゙? あの海運業の商人で、えげつないと噂が絶えないヤツか?」
「はい。 然も、受付の人と、毎朝料理を作りに来る若い料理人も一緒にらしく。 金とか奪われていて、強盗じゃないかって噂です」
主は、その時点で目を細め。
「強盗・・な。 だとしたら、その強盗ってのは相当な腕だな。 あのジョンソンとか云うヤツ、斡旋所に来てた意地汚いが腕の立つ“はぐれ”を2・3人雇ったハズ。 そいつ等を出し抜いて盗むんだからな、相手は手練(てだれ)の賊だろう…」
すると、オリビアが子供を連れて二階に上がったのを確かめた下働きの男は、カウンター周りに誰も来ていないのを確かめた上で。
「ダンナ、実はですね。 強盗を働いたのは、その用心棒を引き受けた奴等じゃないかって話ですゼ? 朝、チョイト小耳に挟んだ情報ですが、昨日から姿が見えないらしいんで……」
主は、話が随分だと更に前屈みに成り。
「おいおい、そいつぁ~物騒だな。 ま、アイツ等は金に意地汚い亡者だ。 月極めで十分に貰っても、目の前にそれ以上の金を見せられたら、多い方に飛び付く輩よ。 そんなヤツを雇う方が、普通からするとどうかしてる」
「ですね」
其処に、離れた場所から。
「うはぁ~っ、雪がいっぱぁ~い」
「本当だ。 北の大陸とは、こうも雪が多いものなのか?」
「いやいや。 普通なら、この辺は年明けに少し降る程度。 今年は、異常に寒い」
「ですわね。 私も旅をしていて、此処までの雪はスタムスト自治国か、フラストマド大王国の王都でしか経験が在りませんわ」
と、色様々な声がする。
身を上げた主と下働き。
入って来たのは、オリヴェッティ達である。
リュリュは、広いフロアを見回して。
「うわぁ~、なんか広ぉ~い」
と、物珍しそうに云う。
主は、その言い草に。
(ガキか?)
と、呆れた。
だが、壁に貼られた張り紙を見る冒険者の内、魔術師の数名がリュリュを一瞬見返ったのは……。 おそらく、Kやオリヴェッティと同じ理由だと思われる。
オリヴェッティは、カウンター前に進み出て。
「すみません、お願いが在りまして」
と、ルヴィアとビハインツの加盟を打診したのである。
理由を聞く主は、適当に説明された話を聞き。
「ほぉ~、船で仲良くなぁ。 ま、大雪で足止め喰らってる中だ。 どうだい、雪掻きの仕事でもしてみないか?」
と、誘いも付ける。
ビハインツは、ランプの明かりが灯っていても薄暗い館内から、雪が降る外を見て。
「何十年来の大雪だものなぁ~、俺は手伝ってもいいぞ」
と、云った。
オリヴェッティは、一日だけならと引き受ける気持ちを持ったのだが…。
主は、オリヴェッティのチームを確かめた時、チームの参加している名前に驚くべき人物が居るのを見つけ。
「なぬっ?!!!!」
と、思わず大声を……。
だが、驚いたのはオリヴェッティやら他の冒険者達も同じ。
震える手をそのままに、顔を上げた主は鼻水まで垂らしたままに。
「こ・この面子の“ケイ”って・のは、かっ・かか顔に包帯をした・・・黒服の?」
オリヴェッティは、凄まじい技能を有するKだけあると思い。
「まぁ、やはりケイさんは有名な方なんですのね。 はい、一時だけですが、東の大陸へご一緒するために入って頂きました」
だが、その実力の一端を聞いていた主からするなら、“有名”などと云う範囲では無い。 かのポリア達と別に、二組の冒険者チームを合同で率い。 自分の娘とそのチームを救出してきた凄腕である。
あの危険極まりない魔の森マニュエル、そしてモンスターの巣窟と化した山に分け入り、怪我も無く帰って来ただけでも凄いのに……。 サイクロプスや、悪鬼巨人のギガンテスを一刀一撃の下に倒したその神技的な剣術で、悪党冒険者のガロンを殺した男だ。
「あ・あ~……」
主はKの事を聴こうとした。 が、Kは有名に成る事を嫌って、途中で合同チームを抜けている。 彼の詳細な話を率先して語るのは、主としてもタブーであった。
(こりゃ~~おどろいた、こんな所で名前が…。 ヤツ、あれから世界の彼方此方に出没してるのかよ)
とにかく二人の加盟の作業をし始めた主。
「で? ヤツは、今は何処に?」
「船ですわ。 港に停泊している船の中で、ゆるりと寝て過ごしていると思います」
「………、そうか。 会ったら、俺が礼を言っていたと伝えてくれ。 娘と孫をありがとう・・・、とな」
ルヴィアは、何事かと思い。
「意味が解らぬ。 何の事だ?」
加盟を終えた主は、冷や汗を掻いたハゲ頭を撫でながら。
「本人に聞くか、ポリアにでも聞け。 “風のポリア”、ヤツを良く知るお嬢様よ」
「かっ・風のポリア、だと。 あの、一気に有名に成る階段を駆け上がった、世界最古にして、最高貴族の?」
そう。 ポリアがフラストマド大王国の貴族で、5大公爵家筆頭の家柄である事は、つい最近の秋に明らかと成った事実だ。 結婚をさせられそうに成ったポリアは、結婚式の当日。 自分の父親であり、リオン王子の下で全軍を預かる傍ら。 軍事総都督を始めとする、幾つ物もの肩書きを頂く人物と剣を交え。 集まった来賓者達の前で、ド派手に打ち負かしたと云われている。
その後ポリアは、ウエディングドレスのままに、堂々と会場を仲間と去ったとか。 リオン王子の手引きで国外に脱出したとか。 様々な噂が出回った。
一つハッキリと云える事は、ポリアが自由の身と成って冒険者を続けている事だ。
一年後、サーウェルスやオリビアが出会うまで、ポリアは更に更に旅を続けて行く。
ルヴィアは、風のポリアと面識が在る云うKに驚くのだが……。
此処で、リュリュが。
「そうだぞ~。 ケイさんは、すご~く偉いんだじょ~。 ポリアちゃんとか、マルヴェリータちゃんとか~、びじ~んのおねいさんと、いっぱい、いっぱぁ~いお知り合いなんだじょ~」
と、さも自分が偉いと云う雰囲気で胸を張る。
「……」
オリヴェッティとルヴィアは、どう反応していいか解らないままで硬直する。
一方のビハインツは。
「噂に聞くが。 ポリア殿って、そんなに綺麗なのか?」
リュリュは、何故か顔を赤らめ。
「すぅぅぅぅぅぅ・・・・・っごくびじ~ん」
と、恥ずかしそうに体を揺り動かすリュリュを見て。
(か、カワイイ、………はっ!)
オリヴェッティは、思わず気持ちが緩んだ事に気付き。 一人で、オタオタとして咳払いをしてみたり。
「?」
ルヴィアは、オリヴェッティが急にリュリュを見つめたり。 直後にオタオタし出して何事かと思う。
其処で。
少し離れた壁際。
「ホラ。 今、向こうで話しに出てる風のポリアって人を助けて、序に有名に成ったのが、その包帯を顔に巻いた黒尽くめの男だ。 確か・・、“ケイ”とか名乗ってた様な……」
「なるほど、すみません」
白い僧侶が着るローブに、赤いマントを羽織ってフードを深く被る人物は、女性の声で魔術師の女性に一礼をした。 朝から斡旋所に現れたこの女性は、何故かKの事を聞き回っていた。
広いフロアでは、声が響く。 主の出した声は、フロアに響いていた。
(港、船…)
そう聞けただけでも、女性には収穫だったのか。 そのまま、外に向かって行く。
「おいおい、本当に雪掻きを引き受けてくれるのか?」
主とオリヴェッティ達が話し合いをし出す頃には、その顔を隠した女性は外に出た。
「………」
外に出た女性の僧侶へ冷たい仕打ちをする様に、凍える冷気を孕む強い風が吹き付ける。 港を見渡せる高台の緩いカーブ前に有る斡旋所の館。 その館を出た女性は、入念に左右を窺いながら。 左手の街中へ向かう通りでは無く、斡旋所の裏手に回る道へと消えて行く。
彼女が、あのジョンソンに抱かれていたライナだ。
だが、何の為にKを捜すのか。
★
さて、その日の昼を過ぎた頃。
港では、雪を伴った海風が吹き荒れ。 港の船は、大きく揺れていた。
ウィンツは、自分と共に船に残った船員達で、客船を港に固定する作業をしていた。 大型の碇を幾つも沈めて、それを船の彼方此方から降ろして重みで固定をさせる作業と同時に。 ロープで、船が横滑りしても左右に振れない様にする。 こうする事で、台風の様な暴風でも大丈夫なのだ。
その仕事に付き合うK。
「………」
船員達が見ている前で、強風に吹き付かれても全くヨロめく様子も無いK。 力自慢の船乗り4・5人で持ち上げる石の碇を、腰の軽い動きと片手だけで海に投げ下ろす。
防寒着で更に膨れているブライアンは、Kの姿に。
「アンタ・・、何してそうなるんだよ」
Kは、足が不自由ながらに気張ろうとするブライアンを見返し。
「そんな体で、男の意地を通すアンタの方が大したモンだよ。 病んでるのは、胃か? 酒は、量を少なくしてお湯や牛乳で割れ。 茹でた野菜や、豆か・・貝のスープを飲む様にしな。 まだ、病気は初期だ。 足の骨はもう元に戻せないが……胃は、まだ幾らか戻る」
片手で掴める太さとは思えない大縄を降ろすKは、無理を押して手伝うブライアンに言う。
ウィンツの部下は、皆が一癖在りそうな顔だ。 だが、目が変わりつつある。 ウィンツと共に放り出された身なのだが。 自分達を守るウィンツに、人間として義理人情を感じているのだろう。 無給ながら、目が活き始めている。
Kは、ウィンツにクラウザーの面影を見て。
(流石は、一番の弟子だ)
と。
これからウィンツ達は、長い使い捨ての人生から這い上がる可能性を秘めた道を踏み出す。 Kは、そんなウィンツ達に、なんとなく同情していた。 包帯を巻く前の彼では、恐らく在り得ない事だっただろうが。 だが、Kも自分の気持ちを偽る気も無い。 人は、時が流れて変わるのだ。
頭に雪を載せるKは、凍り付く甲板の手摺などを見て。
「然し、此処いらでこの大雪は珍しい…。 こんなに長く雪が降るとはな、明日までは船の出港は無理だろう?」
問われたブライアンも、荒れる海を見て。
「確かに。 海に氷が出来たら、大型船でないと出港はとても無理だ」
「流氷の所為か?」
白い息で一瞬煙り、顔が見えなくなるほどの寒さだ。 ブライアンは、何度も頷き。
「んだ。 流氷は小さいだろうが、更に海に氷が張る。 小さい船では、氷を割って進めず氷に乗り上げちまうさ。 斜めになった船は、風に弱い。 簡単に転覆もあるんださ」
「なるほど、そりゃ怖い。 足の速い小型船は大変だ」
ブライアンは、理解力の鋭いKには話しがし易いと感じ。
「そうさ。 それに、アンタの言った通り。 重い氷は、海面下に硬い部分を沈ませてる事も有るんだ。 小さな流氷も、小型船や木造の中型船ならバカに出来ねぇ。 ぶつかったら、船が壊れる。 先ず、大型船が先行して、航路の氷割りをしなきゃならんが。 港を見回した限り、一番大きな船は、この船ともう一隻ぐらい。 クラウザー様のこの船は、どうしても先に出なきゃならんだな」
Kは、碇を沈め終わったので。
「クラウザーが判断するさ。 助けた船長(ウィンツ)と一緒に、オッサンも頼むよ」
と、云うと。
「あぁ、勿論だぁ。 クラウザー様の下で働けるなんて、一生の思い出だ。 キャプテンの師匠だし、恥は掛けられねぇよ」
Kは、下に降りたウィンツを見に、ブライアンと縄梯子に向かった。
ブライアンは、片足が不自由ながらに縄梯子を降りる。
続いて降りたKは、吹き上げた海水が風と寒さで霙の様に凍りながら吹き荒ぶ様子に。
「すげぇ~な、フラストマドの北側の海辺みたいだ」
だが。
その吹き上げる波の飛沫がミスト状の白い氷の飛礫を作る、そんな港の通り上で。
(ん? あれは・・・人か?)
Kは、この13番港に曲がって来て歩く人影を見つけた。 まだ、大型船数隻分の距離を離した向こうだが。 此方へと真っ直ぐに来る気配を感じ微かな姿を見つけていた。
(この吹雪で、船へ戻る客が居たか)
こう思ったKだが、近づいてくるその姿の揺り動きが、どうも微妙で気になる。
そして…。 此方へ来る者の姿をハッキリ見えた時。 その誰かは、右手に割れたワインのガラス瓶を持っていた。 殺気を含む尋常な様子では無い、と相手に感じたKは、作業をしているウィンツ達に声を掛けず。 静かなるままにその誰かに近づいて行く。
Kと近づいて来た誰かが互いに4・5歩を歩けば、擦れ違える距離に来て。
「………」
白いフードから金髪の漏れる何者かは、ローブと羽織るマントの胸の部分を押さえてながら、少しだけ上向いた。
これで、Kは相手が誰か解った。
(あの野郎の情婦か)
自分が殺したジョンソンだ。 恨みを持たれる事も当然に在り得る。
Kの前に居るのは、ジョンソンより“ライナ”と呼ばれていた女性だった。 ライナは、割れて先の尖った黒いワイン瓶を両手に持った。
途端。 彼女の羽織るマントが、バタバタと風で飛ばされる。 強風は、彼女のフードにも入り込み、金髪を吹き上げフードを捲り上げる。
Kもまた、黒いコートの裾などを風に激しくはためかせながら、黙って彼女を見た。
だが、更に。 ローブの内側には、胸元に開く隙間を結び留める内紐が在る。 ライナの着るローブは、その内紐が切れてたかどうにかしていたのであろう。 港に吹き付ける強風によって、彼女のローブの胸元までが開かれたのだ。 白い肌をした首筋から下がった彼女の豊満な胸の上部が、ローブが開かれた事で晒け出た。
その胸元を見つめたKは、目を細めた。
「・・あな…」
強風で喋る事すら大変な中。 ライナが、“貴方”と言おうとした時である。 Kが、ゆったりとした動きで、一歩を踏み出した。
「っ! 動かないでっ」
驚いたライナは、手に持った割れたワイン瓶を前に突き出し構えた。
が。 彼女の視界から、忽然とKが消えた。
「えっ?!」
二重に驚いた彼女の右側から。
「失礼するぞ」
と、男の声がして。
驚いたままに右側へと振り向いたライナは、胸に触れられる感触を覚えた。
「……」
包帯を巻いた顔をするKの姿を目と鼻の先程に間近に見たライナは、震える顔のままに俯く。 すると、自身の左胸の乳房から少し上の所に、包帯男の指が置かれていた。
(わ、わたし・・・死ぬのね)
ライナは、今の状態をジョンソンの時と重ねた。 このまま、突き飛ばされ海に……。
処が、Kはライナの胸の肌を指で撫で擦り。 そして、指を胸から離すと。
「これは………」
と、呟いた。 一指し指と中指を幾度か擦り合わせたKは、ライナを見る。
その声は、風に掻き消されそうだが。 ライナには、ハッキリ聞えた。
「……そ・そうよ」
と、恐る恐る顔を上げたライナ。
Kは、彼女の目を見つめて事態を悟り。
「どうやら、俺の仕業で何か面倒が起こったか? 堂々と会いに来ない所を見るに、面倒事か、事件か?」
問われたライナは、言葉も発せず。 涙を一筋流して頷いた。
「ん、そうか、解った。 話を聞こう、このまま街に出る」
作業に追われたウィンツ達は、白く吹き荒ぶ霧の中の出来事を誰も知らなかった。
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